山火事は起こりやすくなっているのか? ~温暖化がもたらす乾燥と豪雨の二極化~

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2025年8月22日
  • この記事は東京海上研究所が発行する「SENSOR」を転載した記事です。

2025年は、日本各地で大規模な林野火災が相次ぎ、甚大な被害をもたらしました。地球温暖化が進むと、「空気が乾燥して火災が起きやすくなる」と言われる一方で、「豪雨が増える」とも言われています。一見、矛盾するように感じられるこれらの現象は、どちらも気温上昇による大気中の水蒸気の変動が深く関係しています。この関係を解き明かしながら、なぜ“乾燥”と“豪雨”が同時に進行するのか解説します。

1. 林野火災は増えているのか?

林野火災の発生件数は、中長期的にみると減少傾向にあります(図1)。主な林野火災の原因は、たき火、火入れ、放火 など、人為的なものが中心ですが、昭和期は、現在よりも林業が盛んであり、山林に出入りする人も多かったため、現在よりも林野火災が多く発生していたものと考えられます。
直近では、林野火災の発生件数は年間1000件台で推移しています。

図1 林野火災発生件数の推移
(出典:林野庁ホームページ 山火事予防!!)

2. 大規模な林野火災はどうして発生したのか?

2025年1月~3月にかけて、大船渡市(焼失面積約3,370ha)、岡山市(同約565ha)、今治市(同約482ha)など、大規模な林野火災が相次いで発生しました*1。近年、林野火災による年間の焼失面積はおおむね400ha~800ha程度で推移*2していましたが、2025年は、わずか3か月でこれを大きく上回る焼失面積となっており、例年にない事態となっています。
この背景には気象条件が大きく影響していると考えられます。2024年12月~2025年2月の降水量は、北陸地方以北の日本海側を除いて全国的に平年値*3を下回りました(図2)。
図2 降水量平年比の分布(2024年12月~2025年2月)
(出典:気象庁ホームページ2024年〜2025年の冬(12月〜2月)の天候)

その結果、森林の土壌や植生に蓄えられる水分が不足し、地表面は非常に乾燥した状態になっていたため、火種が燃え広がりやすい状況にあったと考えられます。
大規模な林野火災が発生した大船渡市を例に、気象条件の影響について調べてみます。大船渡市では、2024年12月から火災が発生した2025年2月にかけて、降水量は平年値を大きく下回りました(図3)。このため、森林の土壌や植生が吸収する水分量が少なくなり、地表面が非常に乾燥した状態にあったと考えられます。
図4は、大気の乾燥の度合いを示す指標である「相対湿度」について、上空750m付近(925hPa)における2025年2月と平年値(1991年~2020年の平均)との差を示したものです。赤のエリアは平年と比べて相対湿度が低い、つまり空気がより乾燥していることを示します。また、矢印については、平年と比べてどちら向きの風が強いかを示しています。
2025年2月は、平年と比べて西風が強く、奥羽山脈にぶつかった空気は日本海側で雪や雨を降らせ、水蒸気量が少なくなった乾いた空気として太平洋側にもたらされました。この影響で、大船渡市のある三陸沿岸の地域では、特に空気が乾燥していたことが分かります。
このように、平年より降水量が少なかったことに加え、西風によって乾燥した空気が流れ込んだため、2025年2月の大船渡市は、林野火災が発生しやすい気象条件にあったと考えられます。

図3 大船渡の月別降水量(2024年度)
(気象庁の観測データをもとに研究所にて作成)
図4 2025年2月の相対湿度・風速の平年差分
(ヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)の再解析データセットERA5をもとに研究所にて作成)

3. 温暖化に伴って林野火災は起きやすくなる?

温暖化が進行すると、大気の温度が上昇し、それに伴って、「空気が保持できる水蒸気の量(飽和水蒸気量)」も増加します*4。一見すると、「空気中の水蒸気量が増えるなら、むしろ乾燥しづらくなるのでは?」と考えたくなります。しかし、実際には水蒸気量は一様に増加するのではなく、地域や季節によって水蒸気の集まりやすさは異なり、その増加量には偏りが生じます。結果として、温暖化が進むと「より乾燥する場所」と「より多くの豪雨が発生する場所」の格差が広がります。
ここで重要になるのが大気の乾燥の度合いを示す「相対湿度」という指標です。相対湿度とは、その気温における空気が「保持できる水蒸気量」に対して、空気に含まれている「実際の水蒸気量」の割合を示します。つまり、「保持できる水蒸気量」に対して「実際の水蒸気量」が少ない場合は、「乾燥している」ということになります。

図5-1 気温上昇による水蒸気量の変化
(水蒸気が集まりにくい場所)
図5-2 気温上昇による水蒸気量の変化
(水蒸気が集まりやすい場所)

そのため、気温だけが上がり、水蒸気の供給が追い付かないような場所(湿った空気が流れ込みにくい場所)では、「保持できる水蒸気量」だけが増えることになり、相対湿度は低下する傾向があります(図5-1)。結果として、空気が乾燥することで林野火災のリスクが高まり、僅かな火種でも被害が拡大しやすくなります。
一方で、水蒸気の集まりやすい場所(湿った空気が流れ込みやすい場所)では、気温が上がると、「保持できる水蒸気量」が増えるだけでなく、空気中に含まれる「実際の水蒸気量」も増える傾向があります(図5-2)。空気が保持できる限界(相対湿度100%の状態)まで水蒸気量が増えると、やがて水蒸気は雨となって降りますが、「実際の水蒸気量」が多いほど、それだけ雨の量も多くなる可能性があります。このように、気温の上昇に伴って空気中の水蒸気量が増えることが、「線状降水帯」などに見られる極端な豪雨の発生を助長する要因の一つと考えられています。
このような現象については、文部科学省と気象庁が、日本における気候変動の観測結果や将来予測をまとめた報告書「日本の気候変動2025」*5でも言及されています。同報告書では、地球温暖化の進行に伴って、豪雨の発生頻度や強度が増す一方で、日降水量が1.0 mm未満の「無降水日」も増えると予測されています。

日本の年平均気温はこの100年で約1.40℃上昇しており、すでに空気中の水蒸気の状態にも影響が出始めていると考えられます。大船渡は1962年以前の観測データがないため、近隣の観測点である宮古のデータを見てみます。100年前の30年間(1895年~1924年)と直近の30年間(1995年~2024年)を比較すると、宮古では年平均気温が約0.96℃上昇*6しています。図6は、この間における相対湿度の変化を示したものです。
夏場は、太平洋側から湿った空気(水蒸気)が流れ込むため、気温の上昇により空気が「保持できる水蒸気量」も「実際の水蒸気量」も増加し、相対湿度には大きな変化はみられません。一方、冬場は日本海側から乾いた空気が流れ込み、水蒸気の供給が不十分になりやすいため、気温の上昇により空気が「保持できる水蒸気量」は増えているにもかかわらず、「実際の水蒸気量」の増加が追いつかず、相対湿度が低下しているものと考えられます。
特に1月や2月は、相対湿度が10%弱低下しており、こうした変化は気温上昇の影響が大きいものと見られます。
大船渡の林野火災への気温上昇の影響は定かではありませんが、このように、大気の状態にはすでに変化が表れ始めています。
図6 宮古の相対湿度の変化(100年前との比較)
(気象庁の観測データをもとに研究所にて作成)

4. 最後に

地球温暖化は「乾燥と豪雨」という、一見矛盾している現象を同時に引き起こします。この両者はいずれも、気温の上昇に伴って、大気が含むことのできる水蒸気(飽和水蒸気量)の増加、が主な要因になっています。つまり、乾燥して山火事が増えることもあれば、逆に、豪雨災害が激甚化することもあるという、気候の“二極化”が進行すると考えられます。
地球温暖化は単に“暑くなる”だけではありません。極端な気象がより極端になっていく、その全体像を理解することが、災害への備えの第一歩となります。

執筆者コメント

近年、国内外で大規模な林野火災が相次ぎ、ニュースなどでも大きく報じられてきました。こうした火災の背景には、地球温暖化による気温の上昇や、空気や土壌の乾燥が関係しているのではないかと感じた方も多いのではないでしょうか。
森林は、二酸化炭素を吸収して地球の温暖化を抑える役割を担っていますが、ひとたび火災で失われると、その回復には長い年月を要します。二酸化炭素の吸収源が減るだけでなく、燃焼によって大量の二酸化炭素が放出され、温暖化をさらに進行させるかもしれません。
一方で、温暖化が進むと、近年各地で見られるような激しい豪雨も増えるといわれています。気温の上昇に伴って、「乾燥」と「豪雨」という、一見すると矛盾するような現象がなぜ同時に進行するのでしょうか。
本稿では、気温と水蒸気量の関係に注目し、その理由を探っています。こうした気象現象の仕組みを知ることが、気候変動や災害への備えを考える手がかりとなれば幸いです。

東京海上研究所 主任研究員 荒木孝夫

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