コーポレート・ガバナンス対談

2025年7月

東京海上日動の“Re-New”と、グループガバナンスの強化・向上

(左)東京海上日動 社外取締役 業務品質委員会委員長 國廣 正

(中央)社外取締役 グループ監査委員会委員長 松山 遙

(右)取締役会長 取締役会議長 小宮 暁

「社員優秀論」とガードレール

事務局
一連のガバナンス・イシューを契機に、東京海上日動の“Re-New”に取り組んで1年強が経過しました。取組みを実施するにあたり、具体的にどのような議論があったのでしょうか。
國廣
私は、長年、東京海上日動の社外取締役を務めていますが、一連のガバナンス・イシューがどれも継続的に発生していたものであることを考えると、長い間この問題に気づけなかったことが、本当に忸怩たる思いで個人的にも大いに反省しています。そうした思いから、真因特定と再発防止策の策定にあたっては、「なぜいままで問題に気付けなかったのか」という点を徹底的に掘り下げて、取締役会や業務品質委員会にて議論を行いました。そこでの議論は多岐にわたりましたが、本日は切り口の一つであります「社員優秀論」をご紹介します。
事務局
言葉だけを聞きますと、社員は優秀な方がいいということなのだと思いますが、具体的にはどういうことでしょうか?
國廣
例えば、当社の「自由闊達」という企業風土(カルチャー)は、会社が「社員を信頼」し、「自律的に仕事を進めることを奨励」することで醸成され、それに応える「優秀な社員」の存在によって支えられている、と言えます。こうしたカルチャーは素晴らしいもので、新たに作ろうと思っても作れるものではなく、大切に育てていくべきものです。一方、こうしたカルチャーを支える「社員の優秀さ」は、自分達の得意とする保険業法という「土俵」を前提とするものであって、独占禁止法や個人情報保護法といった「土俵」の外の環境変化に追いつけていなかった。当社は、「土俵」の内側、つまり相撲の世界では、立派な横綱として立ち回れていたのかもしれませんが、その外の世界、世の中はモンゴル相撲やレスリング等に競技が変わっていたにもかかわらず、いつまでも「土俵」の中での横綱に留まっていた。それが、結果的に世間の常識とのズレを生んでいたのではないでしょうか。
松山
「土俵」の内側、言い換えれば損保業界内ばかりに目が向いていた、ということですね。確かに、世の中を見ると他業界でもカルテル問題はあった訳ですが、その時に「自分たちは大丈夫なのか」という思考に誰もならなかったのは視野が狭くなっていたと言わざるを得ません。あるいは、仮にそうした意見を持った社員がいたとしても、業界慣行や前例踏襲が優先される雰囲気があったのだとすれば、それは社員の「同質性」や「同調性」の高さ故に起きていたのではないかと思います。
小宮
確かに、当社社員の「同質性」は高いと言えます。実際に、私も営業を担当していた時代に、お客様から「異動や転勤で担当者が変わったとしても、東京海上はサービス品質が変わらなくて素晴らしいね」という言葉を頂戴していました。細かいルールを定めなくても、均質かつ質の高いサービスをお客様に提供できることは当社の強みの一つでもあり、「同質性」の高さが良い方に表れていた訳です。一方で、ご指摘の通り、そうした過去の成功体験に頼っていたが故に、「土俵」の外側の環境変化に適応できていなかったのだと思います。時代の変化の中で、良い部分は残し、変えるべき部分は変える。この後者の観点が不十分だったため、強みだった部分が弱みになってしまったのではないかと思います。
國廣
加えて、「社員は優秀」としていたが故に、「細かいルールを定めなくても、道を踏み外すことはない」という誤った認識を生んでしまったのではないか、とも思います。確かに、ガバナンスの世界において、「正しいことを正しく行う」というプリンシプルベースの統制は重要ではありますが、一方で、性善説に立って社員に任せすぎていては、ガバナンスは成り立ちません。一定の分野では「何が正しくて、何が正しくないか」という具体的なラインも明確に示すべきだったと反省しています。
松山
その通りですね。しかも厄介なのは、「何が正しくて、何が正しくないか」のラインは時代や環境とともに変化しますし、当事者によってもラインまでの距離の見え方も異なるということです。「社員は優秀」だとして、そのライン設定を現場任せにするのではなく、会社としてガードレールを明確に設定する。加えて、「なぜそのガードレールが設けられているのか」、その背景にある考え方を示すことも不可欠です。
私は法律家として、法を適用する際には必ずその法律が制定された背景や目的、制定時の議論内容等、即ち立法趣旨まで理解した上で条文を解釈しますし、逆に、立法趣旨を無視して法律を解釈すると誤った結論に至る可能性があり、非常に危険であることも理解しています。ガードレールが敷かれた趣旨を理解すれば、自ずと違和感や疑問を抱いたり、趣旨に沿った行動をとることができるようになり、そうした結果として「正しいことを正しく行う」ことができるのです。
國廣
当社の業務改善計画書をご覧いただくと、真因分析の冒頭に「具体的なルールや行動規範の不足」という点を記載しておりますが、正直、これに対しては「業務改善計画としては当たり前」「真因はもっと深いものであるはず」といったご意見もいただきました。確かに、真因は業界構造等の根深いものもありますが、当社はなぜ「具体的なルールや行動規範を示し、社員に浸透させる」ことの必要性を、真因分析や取組みの一丁目一番地に掲げたのか。それは、「なぜ今まで問題に気づけなかったのか」「勝手に自らを(傲慢にも)優秀だと思い込んでいただけなのではないか」という観点で徹底的に議論した結果、リスクベースアプローチでのガバナンスとして、ルール(ガードレール)を明確にすることが基本であり、全てに通じる取組みである。そう考えたからに他なりません。

徹底的にやりきる力

事務局
“Re-New”に取り組むことで自浄作用を強化する中で、情報漏えい問題を自ら発掘した訳ですが、それが結果として2年連続での業務改善命令に繋がりました。今後も「正しいことを正しく行った」結果として、新たな事案が発掘され得ることについてジレンマはありますか。
小宮
昨年の保険料調整事案に続き、情報漏えい問題が発覚したことで、結果として2年連続での業務改善命令となり、ステークホルダーの皆様に大変なご心配・ご迷惑をおかけしました。東京海上日動を監督する立場として、この事実を厳粛に受け止めております。一方で、ホールディングスの取締役会としては、この危機を絶対に無駄にしないという覚悟のもと、一連のガバナンス・イシューの発覚直後から、個別の事案のみならず、その真因を踏まえて不適切と思われる行為も含めて徹底的に「蓋」を開け、膿を洗い出すべきであると、強く指示をしてきましたが、この判断は今でも適切だったと考えています。
國廣
東京海上日動としても、小宮さんが先頭に立たれて、ホールディングスの立場から徹底的に「蓋」を開けるよう指示されたことが非常に頼もしく感じました。実際に、最初の保険料調整事案を金融庁に報告して以降、一連のインシデント対応において、自ら事案を発掘し、業界を巻き込んで調査・再発防止を進めていること等、当社は決して「臭い物に蓋をする」ことなく、開けたからには徹底的に掘り下げる。そうしたことを役員・社員が一丸となって逃げ腰にならずに取組みが進められています。
松山
インシデント自体、起きないに越したことはないのは言うまでもありませんが、誤解を恐れずに申し上げれば、徹底的に膿を出し切るという観点では、2年連続でのインシデント発覚となったことは寧ろ健全と言えると思います。情報漏えい事案の真因は、営業数字優先の組織風土等、保険料調整事案と通底していますので、今回、損保業界という「土俵」の内側の常識から脱却して、自ら別の新しい視点で問題を発見できたことは、大きな進歩だと思います。実際に、先日の株主総会の場においても、株主でもある代理店の方から、今後の損保業界や代理店ビジネスの構造改革について質問が挙がっていたことは、それだけ当社がこの問題に真剣に取り組んでいる証左だと感じました。
松山
ところで、先ほどカルチャーについてのお話がありましたが、お二人がおっしゃったような「やるからには徹底的にやる」というカルチャーは東京海上の良いところの一つだと感じています。確かに、長年にわたってこうした問題に気付けなかった点は大いに反省すべきですが、事案発生以降、とことん真因を掘り下げ、再発防止策を策定・実行していること、その再発防止策についても、毎回のように各委員会や取締役会で議論し、常にアップデートをしながら実効性を高めていること等、一貫して「徹底的にやりきる」という経営陣の強い覚悟が感じられます。そして、現場で施策に真摯に取り組む社員の実行力・推進力もあわさり、“Re-New”の取組みの成果は着実に表れています。こうした「徹底的にやりきる力」が東京海上の成功を支えてきたのだと感じました。
國廣
同感です。一方で、当社の「徹底的にやりきる力」に基づく推進力は非常に頼もしいですが、だからこそ、環境認識や目標設定を誤ってしまうと、間違った方向に突き進んでしまうことになります。確かな目標を設定し、その目標も常に見直すべく議論を繰り返して一致団結することが重要です。
小宮
そうですね。先ほど松山さんが「ガードレールの趣旨や、その背景にある考え方を理解することが重要」とおっしゃったことと通じるポイントだと思います。いま取り組んでいる業務改善計画は、徹底的な真因分析に基づいて策定したものですが、思考停止になり、それ自体が目的化しては本末転倒です。どこをめざして、なぜそれに取り組むのか。こうしたことを常にフレッシュな視点で議論し、進むべき方向に向かって一丸となって取り組む。「“議論百出”の上での一致団結」。これをこれからも心掛けていきたいと思います。

成長とガバナンスの高位均衡

事務局
今後、東京海上日動における“Re-New”の取組みやグループガバナンスの強化・向上を一層推進するには、どういった取組みが必要でしょうか。
松山
足元までの東京海上日動の“Re-New”は、経営陣と社員の一致団結した取組みにより着実に進捗していると評価していますが、一連のインシデントは損保業界の構造的な問題が大きく関わっていますので、変えていくには相応の時間がかかるのも事実です。だからこそ、「喉元過ぎても熱さを忘れない」ことが本当に大切です。経営陣が健全な危機意識を持ち続けること、そしてそれを社員全員に届け続けることで会社全体のリスクカルチャーを醸成していく。そのためには、経営トップが繰り返しメッセージを発信することは勿論、現場の社員の顔が見える上司からのメッセージ発信も重要です。また、足元で実行している社外視点を活用した取組み等は、単発で終わらせることなく、常にブラッシュアップしながら日常業務の中に取り込んでいくべきです。
國廣
大きな変革には時間がかかるというのは、その通りですね。これは仕方のないことですが、インシデント発生からこれまでの取組みは、「マイナスをゼロに戻す」性質が強いものでした。一方、こうした取組みが長期間にわたる場合、社員が疲弊してしまうおそれもありますので、これからは社員が元気になる、プラスをめざす取組みにギアチェンジすべきです。
例えば、過度な本業協力や政策株式といった「旧来の業界慣行」なき世界において、現場の社員は具体的に何を武器に戦っていくのか。「正しいことを正しく行う」というきれいな言葉だけでない、リアルな武器を経営が示すべきであり、私は、その一つがソリューション事業なのだと思います。社会課題やリスクが拡大・複雑化する中において、保険事業は成長産業と言えますが、損害保険にはパテントがないため、商品自体が他社に模倣されやすいものでもあります。一方、当社が取り組んでいるソリューション事業は、損害やリスクそのものを減らすものであり、その実現に必要な技術やノウハウ・データは、他社が容易には模倣できない、まさに当社独自の強みであり、成長機会も大きい。ソリューションの提供を通じて事故のない世界、事故が起きても被害が小さい世界を実現できれば、保険金が減少し、お客様が支払う保険料も少なくて済む。そうであれば、当社の「保険+ソリューション」のサービスを選ばれるお客様も自ずと増えていく。その結果として、当社自身の利益成長にもつながっていく。こうしたビジネスモデルは、世界でも類を見ない、当社独自のものであり、他社対比での明確な競争優位性と言えます。
小宮
同感です。社員がワクワクし、元気に仕事をしてもらうには、「世の中の役に立っているという、仕事の尊さ」と「仕事自体の面白さ」、そしてそれが「自らの成長にもつながる」という思いを持てることが重要ですが、その点、例えば防災・減災事業は、「被害にあわない社会をつくる(Build Back Better)」という、まさにお客様や社会のお役に立てる取組みそのものです。また、こうした取組み自体が当社にとっても新しい挑戦ですので、気概を持って取り組めば、会社の成長につながるだけではなく、社員自身の成長にも間違いなくつながるはずです。
そして、社会課題は防災・減災領域だけでなく、サイバーセキュリティや医療といった様々な領域でも生じ、拡大しており、その観点でも当社がソリューション事業を通じて更に活躍できる、お客様や社会のお役に立つべきフィールドは大きく広がっています。「旧来の業界慣行」の下では、社員の能力や業務時間が、過度な本業協力や代理店への支援といった「保険以外での競争」にも割かれていましたが、今後はそれを「保険+ソリューション」の価値提供にフルに発揮してもらうことによって、お客様や社会の“いざ”を“いつも”支えるという、当社が果たしたいパーパスをもっともっと実現できる世界をつくっていけるのだと思います。
松山
グループガバナンスの観点では、私は、こうしたインシデント発生時の取組みや、そこから得た学びを、グループ監査委員会を通じて他のグループ会社にどんどん横展開していきたいと考えています。例えば、今回の東京海上日動における一連のインシデントの背景には、代理店とのビジネスモデルといった、日本の損保業界に特有の構造的な事情もある訳ですが、同じく国内で代理店ビジネスを展開するグループ会社においても、東京海上日動と同様のリスクを抱えている可能性がありますので、「日常業務のウォークスルー(総点検)」など、各社に具体的な取組みを提言し、実際に実行いただいています。
小宮
今お話しいただいた「学びの横展開」はグループガバナンスの強化・向上にとって非常に有効です。学びを共有することで他のグループ会社におけるイシューを未然に防ぐことができる、あるいは今まで気づけなかった問題に気づくことができますし、グループ会社ごとの違いもより浮き彫りになります。
松山
グループ会社ごとの違いという意味では、例えば、海外の大型買収拠点は元上場企業だったこともありガバナンスレベルは相応に高く、自立自走できる一方、新興国等の中小・マイナー拠点のガバナンスレベルはまだ発展途上であり、ホールディングスが現地のガバナンスやオペレーションに踏み込んで必要な支援を行っています。このように、一言にグループ会社といっても、国内と海外、大型拠点と中小・マイナー拠点、それぞれでガバナンスレベルはまちまちであり、そうしたグループ会社の違いや特性をよく理解した上で、グループとしてのガバナンスレベルを適切に維持・向上することが大切です。私も様々な会社の社外取締役の経験がありますが、東京海上では非常に難易度の高いガバナンスを実践していると感じています。
國廣
その通りですね。実際に、ビジネス面に目を向けますと、グループ会社が自立自走することで持てる強みを発揮し、好業績を生んでいるのも事実ですので、ガバナンス側からなんでも縛ればよいという話でもなく、バランスと個別対応が大事だと思います。
小宮
おっしゃる通りです。ガバナンスレベルに応じてホールディングスと子会社の責任分担を明確にした上で、Autonomy(自主性)を尊重する部分、よりハンズオンで手綱を締める部分、それぞれを最適なバランスで保つことが「成長」と「ガバナンス」の高位均衡、即ち企業価値の向上にとって大切です。そのバランスを、ホールディングスとしてグループ監査委員会や取締役会の機能を活用しながら、横串を刺して管理する。その鍵となるのはやはり「多様性」であり「社外視点」だと考えています。
事業環境が目まぐるしく変化する時代において、当社が立っているビジネスの「土俵」がどこなのか、当社が進もうとしている方向性は正しいのか、こうしたことを見誤らないようにするには、「多様性」を執行とガバナンスの中にもっともっと取り込んでいき、新しい視点、多様な視点で、まさに先ほどの“議論百出”をさせながら常に現状をリフレッシュし、グループを進化させていくことが重要です。
松山さんには2025年8月から東京海上日動の業務品質委員会に加わっていただき、國廣さんと共に「社外視点」を一層活用しながら東京海上日動のガバナンス強化に貢献いただいています。ホールディングスとしても引き続き東京海上日動の“Re-New”の進捗をしっかりとモニタリングし、完遂を見届けたいと思います。
そして、ホールディングス取締役会も、2025年6月から新体制が発足し、総勢13名のうち社外取締役が7名と、過半数が社外の方で構成されており、「社外視点」を活かした骨太な議論を行っております。こうしたことは単に体制面の話ではなく、当社のパーパスの実現や企業価値の向上につながる良い議論・意思決定ができるのかという観点で徹底的にこだわった結果です。
今後も、長期的、かつ社外を含めた多様な視点での骨太な議論により、質の高い経営の意思決定をサポートするとともに、強い執行を実現することで、当社のパーパスの実現・企業価値向上に貢献してまいります。
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    第三者を入れた日常業務のウォークスルー(総点検)等