社外役員対談
2026年7月
「Aspiration 2035」を実現へと導く取締役会の貢献
東京海上グループの10年先のありたい姿を示す「Aspiration 2035」。
その策定に取締役会はどのように貢献し、その実現に向けて今後どのような役割を果たしていくのか。
片野坂取締役と大薗取締役にお話を伺いました。
(左)社外取締役 片野坂 真哉
(右)社外取締役 大薗 恵美
「Aspiration 2035」を、社員一人ひとりの行動につながる道標へ
- 事務局
- 2026年5月、当社は2035年に向けたグループのありたい姿「Aspiration 2035」を公表しました。その策定過程で、取締役会ではどのような議論がありましたか。
- 大薗
- 社外取締役というと、経営が暴走しないよう監視し、リスクやガバナンスの観点からブレーキをかける役割を期待されがちです。私も、その重要性を否定するつもりはありません。ただ、企業が持続的に成長していくためには、守りの役割に加えて、「何をめざし、どこへ向かうのか」という成長の方向性を執行側に問い、挑戦を後押しすることも重要だと考えてきました。
今回、Aspiration 2035の策定にあたり、CEOの小池さんが数値目標や事業戦略を先に置くのではなく、まず「2035年にどのような会社でありたいか」を議論の起点に据えたことには、大きな意義があったと思います。 - 片野坂
- 私も、そのプロセスには大きな意味があったと思います。経営メンバーだけでなく、中堅・若手社員も加わって「どんな会社でありたいのか」をまず議論し、取締役会でも社外役員を含む多角的な視点からその構想を磨いてきました。定性的なありたい姿について認識を共有し、その後に数値や戦略へ落とし込んでいく。この順番は、現中期経営計画から続く当社の良い型だと思います。
Aspirationは公表して終わるものではありません。社員一人ひとりのAspirationを、各事業の戦略や具体的な行動に結び付けられるか。取締役会は、その実行可能性まで含めて問いを重ねてきました。 - 大薗
- そうですね。中堅・若手社員による議論で私が特に印象的だったのは、その中心が「どの事業を何%伸ばすか」ではなく、「どんな会社でありたいか」「その実現に向けて自分はどう貢献したいか」に置かれていたことです。事故や災害の後に経済的な損失を補償するだけでなく、事故を未然に防ぎ、新たな安心や価値を生み出す会社でありたい。その実現に向けて、自分も新しい商品やサービスを生み出したい、お客様への提供価値を高めたい、グローバルで活躍したい。そうした発意が、議論に参加した社員一人ひとりのやりがいや挑戦意欲につながっていったことは、Aspiration 2035の大きな価値だと感じました。今後、こうした発意が組織の中に更に広がっていくことを期待しています。
- 片野坂
- 利益やROEといった数字はもちろん重要です。ただ、大切なのは、社員一人ひとりの発意と行動を起点に、まずお客様や社会への価値を提供し、その結果として利益や企業価値につなげていくという価値創造の順序、つまりプロセスです。数字だけが独り歩きすると、「なぜその成長をめざすのか」という肝心の部分が伝わりにくくなります。取締役会でも、高い目標を掲げるときこそ、その背後にある思いを言葉にし、定性的なメッセージに情熱を込めることが大切だ、という意見が出ました。
とりわけ印象に残っているのは、Aspirationは経営が完成させて配るものではなく、掲げた後に社員一人ひとりが自分のものとして育てていく、参加型のものであるべきだ、という社外役員からの指摘です。取締役会が重視したのは、このAspirationと、そこに至る戦略、定量的な到達点が一本の筋でつながり、価値創造のプロセスが実際に機能する構想になっているか、という点です。社外役員の役割は、Aspiration 2035の実現に向けた執行の意欲や挑戦を抑えることではありません。その構想が情熱をもって語られ、社員の共感と主体的な行動を引き出すものになっているかを問い続けることで、実行可能性を高めていくことだと考えています。
Aspiration 2035:私たちのありたい姿
ビジネスモデルを進化させ、価値創造の総量を拡大する
- 事務局
- Aspiration 2035では、保険にソリューションを組み合わせ、価値提供の領域を事故や災害が起きた時の補償にとどめず、その前後へと広げること、即ち「保険+ソリューション」によってビジネスモデルを進化させ、価値創造の総量を拡大していくことも大きなテーマです。この方向性を、取締役会ではどのようにとらえていましたか。
- 片野坂
- 当社はこれまで、「いざ」という時にお客様をお守りすることを使命・パーパスとしてきました。これからは、ソリューション事業を通じて、事故や災害が起きる前からお客様に寄り添い、発生後も含めて「いつも」お守りすることをめざします。取締役会としても、この方向性を強く支持しています。リスクが巨大化・複雑化する中で、それは創業以来受け継いできたパーパスを今の時代の課題に即して実現していくための進化であり、より広く社会のお役に立つために必要な変革だと考えているからです。
そういえば、この「いつも」という考え方に触れて、私はANAの社長時代を思い出しました。当時、入社式で「安全は、休みの日も忘れない」とよく話していたんです。航空会社にとって安全とは、事故が起きてから対応するものではありません。日常の中で常にリスクに目を向け、未然に防ぐことが重要です。休日に街を歩いている時でも、ふと危険に気づく。そうした感覚が自然と身に付いている状態ですね。保険会社がめざす「いつも」も、本質的には同じことなのだと思います。社員一人ひとりが日頃からお客様のリスクや社会課題に目を向け、「もっとできることはないか」を考え続ける。私は、そうした一人ひとりの意識と行動の積み重ねこそが、ソリューション事業の土台になるのだと思っています。 - 大薗
- 私も、このソリューション事業には強い思い入れがあります。以前、東京海上日動の監査役を務めていた際、大規模な火災事故について報告を受けたことがありました。当時は「迅速に保険金をお支払いした」ことが評価されていました。もちろん、それも大切なことです。ただそれ以上に、お客様の本当のニーズは「そもそも事故が起きないこと」にあるのではないか、と申し上げたことがありました。そうした問題意識は、私一人のものではなく、当時から多くの役職員に共有されていました。
その後当社は、この問題意識のもと、2021年に防災コンソーシアムCOREを立ち上げ、2025年にはID&Eを買収するなど取組みを発展させ、今ではソリューション事業として結実しています。国内保険事業、海外保険事業に続く第三の事業として、戦略の中にも明確に位置づけられました。多くの社員が抱き続けてきた問題意識が、こうして具体的な事業の形になっていることを、社外役員のひとりとして、とても頼もしく感じています。 - 片野坂
- まさにその通りだと思います。ソリューション事業は、突然生まれた新規事業ではありません。事故や災害を未然に防ぎたいという想いを持った社員が、防災・減災をはじめとするさまざまな分野の専門家との議論を長年積み重ねてきた結果であり、その延長線上にAspiration 2035があります。
- 大薗
- そして、次に重要になるのは、この方向性を現場の一つひとつの行動に落とし込んでいくことです。商品、営業、損害サービスがそれぞれの持ち場だけで最適を考えるのではなく、お客様が抱えるリスクを起点に、保険とソリューションを一体で組み立てていく。組織のあり方も、それに合わせて変えていかなければなりません。
- 片野坂
- また、価値提供の領域を広げるには、自前だけでは限界があります。例えば「Build Back Better」。言葉は美しいですが、現実は甘くありません。能登半島でも熱海でも、被災後の復旧・復興には長い年月を要しています。元の状態に戻すだけでも容易ではなく、まして以前より強い姿へと再建していくためには、保険会社だけでは到底足りません。多様な知見を結集し、社会全体で取り組む必要があります。外部との連携やM&Aは、そのための重要な手段です。もっとも、重要なのは連携やM&Aそのものではなく、それによってどのような価値を生み出せるかです。だからこそ取締役会としては、その取組みが本当に当社の強みを高め、価値創造の総量を広げるものかを見極める必要があります。
- 大薗
- 今のお話とも通じますが、「価値創造の総量をどう拡大するか」という観点は、ソリューション事業に限らず、当社の事業ポートフォリオを考える上でも重要だと思っています。当社は海外M&Aを通じて、グローバルに分散の効いた事業ポートフォリオを構築してきました。その目的は、単に事業領域を広げたり、リスクを分散したりすることだけではありません。
当社が意識してきたのは、それぞれの事業がもつ強みを結び付け、グループ全体としてより大きな価値を生み出すことです。例えば、ブラジルで進んだデジタル化の成功を、アジアの自動車保険に展開する。当社は、こうして各事業の強みを結び付け、シナジーを生むことで、グローバルな事業ポートフォリオがもつ分散の価値にとどまらない、グループ全体としての競争力を高めてきました。こうしたシナジーを今後も積み重ねていくことで、価値創造の可能性は更に広がっていくのだと思います。
AIが変える競争条件と競争優位
- 事務局
- 10年後の当社グループの姿を考える上で、AIの存在を抜きにすることはできません。AIと保険会社経営の関係について、取締役会ではどのような議論が行われていますか。
- 大薗
- AIについては、単なる業務効率化の道具にとどまらず、顧客接点、販売構造、商品・サービス、保険引受、事故対応、さらには収益モデルまで変え得るものであるという点で、執行側と社外役員で問題意識は共有していました。もっとも、AIそのものが競争力を生むわけではありません。競争力の源泉は、保険引受や事故対応、顧客接点を通じてこれまで培ってきた、当社ならではの知見とデータにあります。AIは、その知見とデータを新たな価値に変えていくための手段です。一方で、放っておけば、AIの活用はどうしても業務効率化に流れがちです。効率化は成果が見えやすく、目の前の課題でもあるため、そちらが先行しやすい。しかし、それだけでは当社ならではの価値は生まれません。だからこそ私たち社外役員は、顧客価値への活用を後回しにしてはならない、データを価値に変える取組みに一日でも早く着手すべきだと、執行に強く求めました。早くから試行錯誤を重ねてこそ、データの整え方も、使い方も、それをお客様に届ける組織も鍛えられていく。そしてその積み重ねが、当社ならではの価値につながっていくのだと考えています。
- 片野坂
- 今後は、お客様が利用するAIエージェントが保険会社や商品を選ぶ世界もあり得ます。そのとき、価格だけで機械的に選ばれる会社になるのか、当社ならではの価値で選ばれる会社になるのかが問われます。優れた外部技術を取り込むことは当然必要ですが、東京海上ならではの競争優位をAIによってどのように強化するのか、そのためにはどのようなデータが必要なのかを明確にしなければなりません。当社には、保険引受、事故対応、顧客接点、現場に根差したソリューション提供力があります。その強みをAIと結び付け、価格だけではなく、当社ならではの価値ゆえに選んでいただける存在になることが重要です。
- 大薗
- その価値は、予兆検知の領域にも表れますよね。AIが事故や不正の予兆をとらえ、発生前に対応できれば、「いつも」をさらに一歩前に進められます。保険引受やコンプライアンスを含め、AIを予測と早期対応にどう活かすか。問われるのは、どれだけツールを導入したかではなく、当社のビジネスモデルにどう組み込み、お客様への価値と競争力に変えられるかです。
- 片野坂
- 正直に言うと、私が当社を見ていて感じるのは、非常に丁寧に議論する文化が根付いているということです。それは大きな強みですが、AIに関しては、その丁寧さが弱点にもなり得ます。すべてを見極めてから動くのでは遅い。私はAIの領域では、拙速に近いと感じるぐらいでも、まず試し、学び、修正するべきだと申し上げました。実装までのスピードを執行に求めることも、社外役員の役割だと思います。
- 大薗
- おっしゃる通りだと思います。AIは、各事業が学びながら進化させていくことが重要です。そして、その学びを各社の中だけにとどめていてはもったいない。優れた取組みや知見をグループ全体で共有し、横展開していくことが重要です。
こうしたスピードと横展開をグループ全体で実現する中核が、2025年に設立したグローバルAI-HUBです。各事業が課題や知見を持ち寄り、技術・人材・データ活用をグループ横断で支え合う。各社がばらばらに取り組むのではなく、成果と学びを共有しながら、グループ全体で変革を加速していく。スピードとスケールを伴う事業変革につなげてほしいと考えています。
成長とガバナンスの高位均衡
- 事務局
- 当社は2026年6月に監査等委員会設置会社へ移行しました。この機関設計の変更によって、当社は経営として何を実現しようとしているのでしょうか。
- 片野坂
- 一言で言えば、「成長とガバナンスの高位均衡」です。
当社の取締役会では、これまでも自由闊達な議論が行われ、多様な知見に基づく監督も機能してきました。何かが機能していなかったから変えるのではなく、環境変化やこれまでのガバナンス体制を踏まえ、更に高い水準をめざすために変える。だから「高位均衡」なのです。 - 大薗
- 私なりに「なぜ今なのか」を整理すると、今回の見直しには大きく3つの理由があります。第一に、中長期の環境変化を見据え、取締役会が戦略に関する議論を更に深めること。第二に、執行への権限委譲を進め、足元の意思決定を迅速化すること。第三に、不祥事を踏まえ、ガバナンスを更に強化することです。この3つの必要性が同時に高まったことが、今、機関設計を見直す理由となりました。形式ありきではなく、現行体制の継続、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社の三案について、それぞれの長所と短所を1年以上にわたり本音で相当踏み込んで議論しました。議論の過程で、私たち社外役員が一貫して申し上げてきたのは、執行への権限委譲を進める以上、その分、取締役会は中長期の方向性や戦略により一層フォーカスし、その方向性について執行側と徹底して認識をすり合わせていくべきだということです。
また、ガバナンス強化という観点から私が特に重視したのは、常勤監査役が果たしてきた機能をどう受け継ぐかです。常勤監査役は、会社の歴史や仕事のあり方を深く理解しながらも、独立性を持ち、必要なことはCEOにもかなり率直に述べてきました。私もその姿を横で見ており、この機能を新たな体制で本当に担保できるのかは、正直、心配でもありました。
今回の監査等委員会では、社外取締役が過半数を占め、委員長も社外取締役が務めます。さらに、実務に通じた社内出身の監査等委員が加わることで、社内の実情や「なぜこうなっているのか」という文脈を、社外取締役にも分かる形に「翻訳」できます。社内の実情に通じた視点と、社外の客観的な視点を組み合わせられるわけです。従来の常勤監査役が担ってきた機能を受け継ぎながら、この機関設計の特長を活かすことで、ガバナンスの実効性を一段と高められると考え、移行に賛成しました。
加えて、取締役会には将来の経営トップ候補を計画的に育成し、その中から最適なトップを選ぶ責務もあります。その観点からも、今回の機関設計の変更には大きな意味があると思います。当社ではこれまでも、任意の指名委員会で社内・社外双方の視点から検討を重ね、最後は取締役会の総意でCEOを選んできました。従来の監査役は、指名・報酬に関する取締役会の意思決定に直接加わる立場ではありませんでしたが、監査等委員は議決権を持つ取締役として、その審議と意思決定に加わります。監督・監査の視点を、CEOの選任や報酬という経営の根幹に、より直接反映できるようになるわけです。 - 片野坂
- CEOの選任を考える上では、スキルマトリックスの議論も重要です。指名委員会ではCEOにどこまでの知見を求めるべきかを議論していますが、将来どのような経営課題に向き合うのかから逆算し、CEO個人に求めるものと、取締役会全体として備えるべき力とを、あわせて考え続ける必要があります。
どのような機関設計を採るにせよ、最終的に重要なのは、取締役会全体の多様性と知見を活かすことです。取締役会は、執行だけではとらえにくい前提を問い、社会や資本市場の視点を持ち込み、必要に応じて異なる選択肢を示す。時には厳しい指摘も行い、意思決定の質を高めます。Aspiration 2035のような長期ビジョンを実現するには、具体的な戦略と行動に落とし込み、それを継続的に検証することが欠かせません。環境が変われば、戦略の前提も変わります。取締役会は、戦略の前提や方向性が今も妥当か、複数の選択肢をもてているか、必要な収益性と健全性を確保できているかを、問い続ける必要があります。
さらに、執行内で意見が分かれた点や判断に迷う論点も、結論が固まる前から共有いただくことが、取締役会の実効性を高めます。 - 大薗
- 私たちは、経営をより良くするために議論する仲間ですからね。だからこそ、良い情報も課題も悩みも迷いも、早い段階から共有いただくことが重要です。そうした情報共有があってこそ、取締役会も本質的な論点に踏み込み、より良い意思決定に貢献できる。その上で、取締役会の側も、限られた時間を資料の説明や確認に費やすのではなく、経営として真に議論すべきテーマに充てていく。これまでも取締役会運営は着実に進化してきましたが、今後も改善を積み重ねていくことが、モニタリングボードとしての実効性を一層高めるのだと思います。
そして、その先にあるのは、Aspiration 2035がめざす姿の実現です。そのためには、社員一人ひとりが自ら考え、率直に意見を述べ、行動できる組織であることが欠かせません。取締役会としても、執行を支えながら、そのような組織になっているかを見続けていきたいと思います。 - 片野坂
- その通りですね。ガバナンスはブレーキではなく、良い成長を実現するための仕組みです。監査等委員会設置会社への移行も、そのためのひとつの手段です。執行に委ねるべきことは委ねる一方、取締役会は、中長期の方向性、事業ポートフォリオ、資本配分、リスク耐性といった本質的なテーマについて、執行が示す前提や進捗を継続的に検証する。Aspiration 2035を、社員、執行、取締役会がそれぞれの役割で育て続け、東京海上グループの価値創造を更に大きくしていく。それが、これからの取締役会の重要な責務だと考えています。
- 事務局
- 本日はお忙しい中、ありがとうございました。