2024年6月
ガバナンス・イシューに対する取締役会の貢献とグローバル経営の要諦
(左)社外監査役 清水 順子
学習院大学経済学部、教授。国際金融を専門とし、財務省財務総合政策研究所の特別研究官も務める。2023年6月より当社監査役に就任。
(右)社外取締役 松山 遙
日比谷パーク法律事務所、弁護士。三菱電機株式会社の社外取締役やAGC株式会社の社外監査役も兼職。2023年6月より当社取締役に就任。
当社、および、当社取締役会に対する印象
- 事務局
- 取締役・監査役にご就任されて1年強が経過しましたが、取締役会・監査役会にご参加されての印象はいかがですか。
- 清水
- 私は2019年から2023年6月まで東京海上日動あんしん生命の監査役を務め、その後ホールディングスの監査役に就任したのですが、ホールディングスでは、より俯瞰的で、より中長期的な目線で経営の議論がなされていて、スケールの大きさを実感した1年間でした。
- 松山
- 私は過去に金融持株会社の社外取締役を務めた経験がありましたので、ホールディングスと事業会社の関係性や、グローバル規模でのマネジメントなどは似ていると感じていました。一方で、昨年は中核子会社である東京海上日動で保険料調整行為が発覚し、取締役会でも年間を通じて議論をしてきた訳ですが、これには損保業界特有の問題、構造的な課題があると感じましたね。
ガバナンス・イシューに対する取締役会の貢献
- 事務局
- 東京海上日動で発生した保険料調整行為は、ガバナンスの実効性が問われる重大イシューとなりました。事案発覚から、金融庁による報告徴求命令、12月の業務改善命令、2月の業務改善計画書の提出、そして現在と、一連の動きの中で、取締役会・監査役会での議論はどのようなものでしたか。
- 清水
- 祖業である東京海上日動でのインシデントは、ステークホルダーの皆様に大変なご心配をおかけしました。経営としてこの事態を厳粛に受け止め、すぐさま事実関係の確認と伏在調査に動いた訳ですが、ホールディングスの取締役会・監査役会において、特に社外役員からは、独占禁止法に抵触するおそれのある事案だけでなく、不適切と思われる行為も含めて徹底的に、突き詰めて調査を行うべきであると、強いトーンで助言しました。
- 松山
- 保険料調整行為が発生した事実は当然に重く受け止め、反省しなければなりません。さらに、もしも問題が解決した後に同じような事案が発覚した場合には、ステークホルダーの皆様の信頼をより一層失うことになり、経営上も大きな痛手となります。すべての問題を一挙に解決する、膿を出し切るという経営方針は適切だったと感じています。
- 清水
- 膿を出し切るため、特別調査委員会による綿密な調査が行われた訳ですが、その進捗は取締役会で逐次報告されました。その報告を受け、ホールディングスにおいても真因分析を進める中で、社外役員の「外部の視点」が、議論の深さや判断の客観性に貢献したと思います。特に、企業経営の経験が豊富な遠藤さん、片野坂さん、進藤さんの広い見識は、私にとっても非常に学びが多いものでした。
- 松山
- まさに「外部の視点」は、今の当社にとって欠かせないものだと考えています。私は、取締役会としての監督機能を強化するために設立された「グループ監査委員会」の委員長を務めていますが、今回東京海上日動が提出した業務改善計画書にも記載した通り、無意識に生じていた世間や社会との“常識のズレ”を正していくためには、まさに「外部の視点」を取り入れることが必要です。グループ監査委員会では、当社および国内外のグループ会社のカルチャーに踏み込み、世間・社会の常識とのズレが生じていないか検証をしていくこともひとつの役割としていますが、5月に開催した第1回目の委員会での議論を踏まえ、その役割の重要性を強く実感しています。
- 清水
- 業界構造の変革やカルチャーの改革は、簡単には進まないものですからね。
- 松山
- 清水さんがおっしゃる通り、昨年発生したインシデントは構造的な問題が大きく関わっており、ビジネスの成り立ち自体に起因していると思います。だからこそ、変えていくことは相当難しく、当社だけでも解決できません。しかし、私はやはり業界をリードしていくべき当社が率先してルールをつくるべきだと考えていますし、ステークホルダーの皆様や規制当局にも働きかけ、全体として取り組んでいく必要があると思います。また、カルチャーの改革も重要な課題です。先日のグループ監査委員会では、常識を再点検する目的で、東京海上日動のキャリア採用(中途入社)社員の声を共有していただきました。外部の視点を持つキャリア採用社員にとっては、当社の企業カルチャーに違和感を覚える場面もあるようで、例えば、当社は「自由闊達」を標榜していますが、世代や環境によっては、この企業カルチャーと現実の間にギャップがあると感じることがあるようです。新卒で当社に入社した中堅層以上の社員は、社員が主体的に考え行動し、オープンで率直なコミュニケーションがとれる、まさに「自由闊達」という企業カルチャーが、人を育て、強い組織をつくってきたという自負がある一方で、若い世代やキャリア採用社員は「自由闊達」という企業カルチャーを実感できていないケースもあり、同質性が際立つ組織になってしまっている場合は、世間や社会との常識のズレや違和感に、気づきにくくなる危険性があると思います。逆を言えば、多様な価値観を受け入れ、外部の視点で得られた気づきを取り込むことができれば、常識のズレに気づくことができる、変えていくことができるということです。キャリア採用社員や海外社員など、様々な環境・立場の方の声を意識的に聞き、気づきを共有することからカルチャーの議論を始めたいと考えています。
- 清水
- まさに今回のインシデントの真因に通じますね。本業協力の実績や政策株式の保有により保険契約が取れる・取れないが決められてしまう、或いは、保険商品やサービスの本質的な部分で勝負できないといったケースもあったこと、こうした業界の構造に対し「おかしい」と声を挙げ、変えていくきっかけは、まさに「外部視点」のように思います。私たち社外役員も、世間の常識を執行にもたらすべき存在です。取締役会は、議長の永野さんのリードの下、オープンな議論ができる環境になっていますから、引き続き、違和感があればストレートに発信し、活発な議論を行っていきたいですね。
- 松山
- 社内では気づきにくい観点や、入ってきにくい情報もあるでしょうから、こうした気づきを発信し、会社の刺激になることも私たちの役割だと思います。グループ監査委員会では、同業他社や他業界で発生した事象について、当社で発生する可能性はないか、現時点で考えられる対策はないか、といった視点の議論も行っていきます。他山の石ですね。保険料調整行為についても「なぜ今まで気づけなかったのか(気づくきっかけがあったのではないか)」、これは反省すべきところですから、将来の懸念事象の検知をする観点でも役割を果たしていきたいと思います。
Global Insurerである当社が、更に企業価値を向上させるために必要なこと(グローバル経営の要諦)
- 事務局
- 当社はこれまで、パーパスを起点に、社会課題を解決、その結果として企業価値の向上を実現してまいりました。あらゆることが不透明で不確実な時代において、グローバルに事業を展開する当社が、更に企業価値を向上させ、成長し続けていくためにはどのようなことが必要か、お考えをお聞かせください。
- 清水
- 足元、当社全体に占める北米割合が大きくなっていますが、この先、本社機能を日本だけではなく、例えば北米にも設置することが要されるかもしれません。このようなことも含めて、当社がGlobal Insurerとして成長していくための中長期的な戦略を、これまで以上に深く、よりリアルに議論していく必要があると思います。
- 松山
- 当社の海外ビジネスは、事業会社のautonomy(自主性)を尊重し、固有のDNAを活かしながら、各地域でNo.1の成長を実現してきました。その上で、高い専門性と知見を持った人材がグローバルに結集し、グループ一体で経営をして、組織を高度化する、そしてシナジーも生み出す。私も様々な企業のガバナンス体制を弁護士の視点で見てきましたが、このような信頼関係を基盤にビジネスを拡大していくことは、どの会社にもできることではありません。グローバルに事業を拡大していく中、グローバルな視点で、どういう経営の在り方を志向するのかによって、取締役会の役割も変化しますから、こうした議論をさらに深めていくべきです。
- 清水
- 少し角度が異なる話になりますが、今年1月に発生した能登半島地震の際には、発災直後に災害対策本部が立ち上がり、グループ社員が一体となって、被害状況の把握から支援体制の構築、代理店と連携した素早いお客様対応を行っている様子を逐次ご報告いただきました。グループ全体で今何ができるか、この先どうしていくかを考え、意見を出し合う社員の皆さんの姿を拝見して、ものすごく胸が熱くなりました。日本で災害が起きた時や世界で何かが起きたときに、リスクを分散して事業を拡大している当社だからこそ、世界中のお客様をお守りすることができる。そして、それを実現していく社員の皆さんがいる。まさに当社のパーパス『お客様や社会の“いざ”をお守りすること』を実感した毎日でした。小宮さんのお言葉をお借りすれば、「どのような状況でもお客様とのお約束を守る」、これが実現できるのは当社がグローバルに事業を拡大し、成長してきたからこそ。日本の事業と海外の事業、日本の社員と海外の社員が、このパーパスによる結び付きをもっとリアルに感じ合うことも大事なことだと思います。
- 松山
- 昨年、ハワイのマウイ島で大規模な山火事が起きた時には、自然災害被害への対応経験が豊富な日本からもリモートで支援が行われました。国内外での“いざ”をグループ全体でお守りしている、その実感が、良い会社で働いているというPrideにも繋がっていきますよね。
- 清水
- 足元では、“いざ”だけでなく“いつも”お守りすることをめざして、防災・減災などの「事前・事後領域」の事業も拡大しています。これも間違いなく当社の企業価値を高めていくものですが、立ち上げたばかりの事業ですぐに大きな利益を創出するのは、やはり難しいと思います。こうしたソリューション事業に関わる社員の皆さんが、パーパスを実感し、熱意をもって働ける会社をどうつくり上げていくかは重要だと感じますね。
- 松山
- おっしゃる通りですね。こうした事業が新たな世界を創り出し、社会に貢献しながら、当社の経済的利益も向上させていく。例えば防災・減災の分野では、自然災害による被害を軽減し、再発を防止するサービスを提供することで、最終的には当社の保険金支払いのインシデントを減らすことができ、大きな収益貢献になります。その具体的な影響を数字で示すのは難しいことですが、定量測定へのチャレンジを開始されると伺いました。この取組みが事業に関わる社員の皆さん、ひいてはステークホルダーの皆様にとって当社の企業価値を感じていただけるものになると思います。
- 清水
- これまでも、パーパスの実現に向けて、一歩一歩確実に取組みを進めてきた訳ですが、日々の仕事の中でそのパーパスを実感することは、もしかすると少し難しいかもしれません。“いざ”と“いつも”をお守りすることの意義をどのように自分の仕事に関連付け、仕事のやりがいに繋げるのか、これは若い人も含めて皆で議論をしていきたいですね。会社がめざす姿に向けて社員が熱狂できる。熱狂できるパーパスがある。グローバルに事業を展開していく中で、こうした企業価値を皆で共有できれば、当社は唯一無二の存在になれると思います。
- 松山
- 新中期経営計画に関する戦略論議にあたっては、中長期的に到達していたい姿からバックキャスティングをし、環境変化を踏まえながら議論をしましたが、ソリューション事業の取組み然り、東京海上日動の変革然り、全ての計画が当社の未来に向けての重要な取組みですから、着実に実行していかねばなりませんし、実行していけば必ず当社の企業価値は高まっていくと思います。この1年、社外取締役として当社を見てきて、経営陣の改革に向けた覚悟を感じています。初めにお話ししたガバナンス・イシューに関して、現状を見直し、会社や業界の歪みを正すことは、ある意味で非常に大きなチャンスです。庭先だけを掃くのではなく、損保業界全体の問題に目を向け、業界をリードする企業として、徹底的に変革に取り組み、ホールディングスとしては事業会社の変革をサポートするとともに、監督する立場としての責任をしっかり果たしていきます。
- 清水
- 私たち社外役員もその一員として、力を惜しむことなく取り組んでいきましょう。