食品ロス問題の新たな解決策。東京海上グループとスタートアップ企業が生み出すサーキュラーエコノミー
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日本では年間472万トン*1もの食品ロスが発生しており、深刻な社会課題となっています。この問題に対し、東京海上グループは2023年に株式会社ロスゼロと連携し、「大阪食品ロス削減コンソーシアム」を設立。2024年10月には「食品ロス削減推進特約」を販売開始し、ネッスー株式会社との協業で食品ロス削減と子ども食堂支援を両立する新たな取り組みを進めています。
今回は、食品ロスへの取り組みについて、東京海上日動火災保険株式会社マーケット戦略部の下城 世那と青池 秀人、株式会社ロスゼロ代表取締役 文 美月氏、ネッスー株式会社代表取締役 木戸 優起氏にインタビューしました。
廃棄しない選択を増やすために。日本の食品ロスの現状と損害保険会社が果たす役割
── 東京海上日動は、保険事業を核としながら幅広い分野でサービスを展開しています。そのなかで、なぜ食品ロスに着目したのでしょうか?

当社ではこれまで、事業者が食品ロスを出した際の廃棄コストを補償する保険を提供してきました。一方で、こうした仕組みだけでは食品ロスや環境負荷を抑制しきれておらず、食品ロス削減に向けた取り組みを加速させるためには、「捨てる」以外の選択肢を提供し、食品ロスそのものを減らす仕組みをつくることが重要だと考えました。
その際に軸としたのが、サーキュラーエコノミーの推進と持続可能性という視点です。食品ロスに関する課題については、食品事業者を担当する営業部がそれぞれに解決に向けた打ち手の模索を既に進めていましたが、会社全体として組織的に取り組み始めたのは2020年頃でした。マーケット戦略部を中心に、社会課題解決につながる商品開発を進める中で、食品ロスの問題に本格的に向き合うことを決めました。
この取り組みの中で開発したのが「食品ロス削減推進特約」です。この特約は、企業のサステナビリティ推進と経営リスク対策を同時に実現する画期的な保険商品となっています。「食品ロス削減推進特約」の開発には、大阪での実証モデルのパートナーであるロスゼロさん、フードバンク領域で連携しているネッスーさんのご支援が不可欠であり、本当に助けていただきました。
── それでは、まずは大阪モデルのパートナーであるロスゼロ社の文さんに、ロスゼロの企業概要と日本の食品ロスの現状についてお伺いします。

株式会社ロスゼロは「日本に溢れる『もったいないもの』に価値を見出し、次の笑顔へ変える」をビジョンに掲げるスタートアップ企業です。特に、食品シェアリングサービスを通じて、食品製造・流通・小売事業企業と連携し、まだ食べられるのに廃棄されてしまう食品を減らし、持続可能な社会の実現を目指しています。
また、食品シェアリングにとどまらず、未利用食材を使ったアップサイクル製品の開発など、サーキュラーエコノミーの実現に向けた事業も積極的に展開するなど、食品ロスを削減しながら、新たな価値を生み出す取り組みに挑戦しています。
日本では年間約472万トンもの食品ロスが発生しています。これは、1億人を超える国民が毎日茶碗一杯分を捨てているのに等しい量です。食品ロスの約半分は企業や飲食店などの事業者から発生し、残りの半分は家庭などの一般消費者によるものです。
しかし、日本の食料自給率はカロリーベースで約4割*2と低く、食品を廃棄することによる環境負荷も深刻な問題となっています。さらに、相対的貧困により食料支援を必要とする人がいる一方で、食品が余り処分に困る人もいるというアンバランスな状況が存在しています。このギャップを解決することが、持続可能な社会の実現に向けた大きな課題となっています。
── 「食品ロス削減推進特約」の特長について教えてください。
1点目は、再販や寄付といった二次商流を活用する際に追加的に発生する物流費用や貨物損害を補償する点です。通常、輸送中にロット(梱包等のひとまとまり)の一部に損傷が発生すると、時として食品事業者はロット全体での廃棄を選択せざるを得ません。しかし、本特約では品質に問題がなければ、再販や寄付を行うことを前提とした「二次流通費用」を補償します。加えて、「販売価格から転売益を差し引いた貨物の価値低下による損失分」も補償対象となり、事業者が食品ロス削減に取り組みやすい環境を整えています。
2点目は、食品リサイクル事業者とのマッチングを提供する点です。食品ロスが発生した際には、損害の確認・保険金のお支払時に商品の種類や賞味期限に応じて、当社が提携する物流事業者や食品リサイクル事業者、子ども食堂などをご紹介し、再販や寄付がスムーズに進められるよう当社が主体的にサポートします。これにより、廃棄を選択する前段階で、食品リサイクルの活用を最大化することができます。

まだ食べられるのに捨てられる食品を救う。東京海上日動×ロスゼロ社が仕掛ける「大阪モデル」とは?
── 東京海上日動と協業している「大阪モデル」について教えてください。

「大阪モデル」とは、東京海上日動さんや当社(ロスゼロ)が連携し、食品事業者で発生した未利用食品を廃棄せずに活用するためのワンストップスキームです。このスキームでは、各社で役割を分担し、効率的に食品ロス削減を進める仕組みを構築しました。
ロスゼロさんには、食品事業者と直接買取交渉を行い、必要としている一般消費者へ販売するほか、一部を子ども食堂に寄付し、食品を有効に流通させる役割を担っていただいています。
当社(東京海上日動)は、事業者からの初期連絡を受けるコールセンターを設置すると共に、食品ロスの発生状況等(発生量、残りの賞味期限、成分表示の有無など)について情報収集を行いました。
この「大阪モデル」の実証実験を進めるために、東京海上日動、ロスゼロなど複数社が結束して「大阪食品ロス削減コンソーシアム」を設立し、2023年5月には、大阪府や大阪商工会議所と連携協定を結び、官民一体で食品ロス削減に取り組む体制を確立しました。*4
── 実証実験を通じてどのような発見がありましたか?
食品ロスはさまざまな場所で発生しますが、「大阪モデル」で扱えるのは状態の良い加工品が中心であることがわかりました。例えば、農家から出る規格外野菜や消費期限が短い食品は、流通の途中で傷んでしまうリスクが高いため、取り扱いが難しいケースが多かったですね。また、冷蔵・冷凍商品は物流コストがかさむため、スムーズな流通を実現するのが課題だと感じました。
一方で、当社(ロスゼロ)ではアップサイクル製品の開発を進めており、規格外野菜と余ったチョコレートを組み合わせた新商品を作るなど、食品ロスを減らす新たなアプローチを模索する機会にもなりました。
また、東京海上日動さんは全国に3万社以上の契約企業をお持ちです。そのネットワークを活かして協力パートナーになり得る企業を紹介していただくなど、広範なネットワークを活用できたことは、スタートアップとして今後の事業展開において大きな収穫だったと感じています。「大阪モデル」は関西営業部の皆様の熱意で始まりました。ご縁をいただき、心より感謝申し上げます。

今回の実証実験を通じて、当社としても多くの学びがありました。特に、冷蔵品の取り扱いの難しさや、賞味期限の短い商品の二次流通の課題を強く実感しました。現状の補償内容では対応できる範囲に限りがあり、物流のスピードやコストの面で課題が残ることが明らかになりました。
今後は、現在対応が難しい領域にもアプローチできるよう、補償内容の拡張を検討していきます。また、賞味期限の短い食品も有効活用できる仕組みの構築を進め、他の地域への展開なども通じて、より多様な食品ロス削減に貢献できる取り組みを目指したいと考えています。
食品ロスを支援の力に変える。東京海上日動×ネッスー社の社会格差解消プロジェクト
── ネッスー社は、主に困難を抱える家庭を支援するフードバンク事業を展開されていますが、改めて、貴社の企業概要について教えてください。

当社(ネッスー)は「生まれた環境によるこどもの機会格差が存在しない社会」をビジョンとするスタートアップ企業です。自治体と連携したフードバンク事業(地方創生こども支援事業)や保育園受取型のネットスーパー事業を運営し、地域の企業や団体と連携しながら、食や体験の格差に苦しむ子どもをゼロにすることを目指しています。
また、サーキュラーエコノミーの実現にも積極的に取り組み、食品ロス削減や資源循環の構築を軸に、持続可能な社会の構築に貢献しています。
──食品ロスに取り組むきっかけは何だったのでしょうか?
幼少期に難病の子どもと接する機会があり、社会には生まれた環境による不公平があることを強く感じました。この現実に疑問を抱き、「何かできることはないか」と考えるなかで、ビジネスを通じて格差を少しでも解消できるのではないかと思うようになったのです。
また、和歌山県での一次産業の家系で、父方が漁業、母方が農業を営んでおり、一般市場に流通できない傷モノの果物などをたくさん目にしてきました。少し傷がついたり、形が規格外だったりするだけで、市場に出せず破棄されてしまう現実を子どもの頃から見てきたことが、食品ロスの問題に向き合う原点になっています。
──ネッスー社との連携はどのようにして始まったのでしょうか?

「食品ロス削減推進特約」の開発に際しては商品性の設計に加え、オペレーションの課題が残っていました。特に、子ども食堂やフードバンクへの寄付スキームをどのように効率的に行うかという点は、自社だけでは解決が難しい課題でした。
そこで、フードバンク事業で多数のプロジェクトを手掛けていらっしゃるネッスーさんにお声掛けしました。「食品ロス削減推進特約」のコンセプトを伝えたところ、当社の想いに強く共感いただき、両社で密に連携を図っていくことが決まりました。
──「食品ロス削減推進特約」の中で、ネッスー社はどのような役割を担っていますか?
私たちの役割は大きく3つあります。
1つ目は食品の検品と保管です。輸送中の事故などで外装が損傷した食品を引き取り、問題なく食べられるかを検査し、再利用できる商品を保管します。
2つ目は提供先とのマッチングです。当社(ネッスー)のマッチングプラットフォームとネットワークを活用して、集まった商品を必要とする場所へ届けます。ここでは「販売」と「寄付」の2段階を設定しており、商品の特性や残存賞味期限、荷主の意向などに合わせて処理方法を選択しています。基本的には販売できるものは販売し、それが難しいものは子ども食堂などに寄付する体制を整えています。
3つ目は提供先への配送です。マッチングが完了した商品を運ぶところまで担っています。こうした一連の流れをワンストップで提供することで、食品ロス削減と子ども支援の両立を実現しています。支援団体とはまだアナログな方法で連携している部分も少なくありませんが、現在効率化のためにデジタルプラットフォームの構築を進めています。
── 子ども食堂への寄付を推進することで、どのような効果が期待できますか?
子ども食堂や困難を抱える世帯への寄付には、大きく3つの効果があると考えています。
1つ目は、生活の支援です。経済的に厳しいご家庭の中には、1日1食しか食べられない状況にあるご家庭も少なくありません。長期休み期間には給食がなくなるため、さらに苦しい状況になることもあります。こうした方々に食品を提供することで、十分に食事がとれるようになるなど、生活の安定につながります。
2つ目は、子どもの可能性を広げることです。極端に困窮していない家庭でも、家計の余裕がないために、子どもがやりたいことを諦めてしまうケースは少なくありません。例えば、「サッカーをやりたいけれど、費用がかかるため言い出せない」といった状況です。私たちが食品を提供し、食費が抑えられた分を子どもの夢や習い事に充ててもらうなど、こどもの機会の創出につながるとうれしいです。
また、3つ目は、子育て中の親の孤立を防ぐ効果も期待できます。当社(ネッスー)の支援家庭に対するアンケート調査では、「困ったときに相談できる人がいない」と答えた方が半数以上にのぼりました。我々の寄付によって地域の子ども食堂の運営が安定し、その数がひろがっていけば、親が子ども食堂を運営している地域の人や、利用者の親同士で気軽に悩みを共有し、相談できる場が生まれます。こうしたコミュニティの形成が、地域全体のつながりを強めるきっかけになればと考えています。

日本全体の食品ロスを減らすためには、単なる「食品事業者の取り組み」にとどまらず、社会や地域全体での意識改革が不可欠です。そのためにも、食品ロス削減に取り組むことが社会にとって有益である、という認識を広めることが重要です。「食品ロス削減推進特約」の普及がその一助になれば良いと考えます。その意味では、子ども食堂への寄付を後押しできるということは、大きな意味を持ちます。
実際に、「寄付が目の前の子どもたちの支えになる」という話をすると、多くの方が興味を持ってくださいます。食品ロス削減の取り組みが、単なる廃棄削減にとどまらず、地域の子どもたちの未来を支えるものだと実感してもらうことが、社会全体での意識変革につながっていくと考えています。こういった機運を醸成するためにも、当社の強みである全国各地の販売網や自治体等の地域プレイヤーとの関係性と、二次流通事業者様の持つノウハウの相乗効果により、地域での循環モデルを作っていきたいと考えています。
捨てるのではなく活かす仕組みを。食品ロスゼロの未来へ向けたサーキュラーエコノミーの実現
── 最後に、3社それぞれの視点から今後の展望や想いについてお聞かせください。

当社(ロスゼロ)は、消費者の意識と事業者の取り組みの両方を変えていくことを目指しています。日本は資源に限りがある国だからこそ、「新しく大量に買って、使い切れずに捨てる」社会ではなく、限られた資源を有効に活用し、廃棄を抑えるサーキュラーエコノミーの実現が不可欠だと考えています。
また、私たちが取り組むテーマは食品ロスにとどまりません。価値のあるものを引き出し、新たな形で活かしていくことで、資源を次の世代へとつなげる役割を果たし、日本や世界の循環型社会の実現に貢献したいと考えています。環境負荷を減らしながら、今あるものを最大限活用することで、脱炭素社会への前進にもつながるはずです。
全国に拠点を持つ当社(ロスゼロ)としては、東京海上日動さんとともに、この取り組みの全国展開に向けて一層協力を深めていきたいと思います。

当社(ネッスー)のミッションは、さまざまな主体と連携し、こどもの機会を生み出し届けていくことです。またその中で、支援を持続可能なものとするために、DX化や合理的な物流体制の構築を進め、経済合理性を担保することを意識して取り組んでいます。
東京海上日動さんとのパートナーシップを通じて、年間100トンを超える食品ロス削減と食支援を拡大できると見込んでいます。これは同時に、220トン以上の温室効果ガス排出削減*5にも貢献する取り組みです。
今後は、企業との連携をさらに深め、民間の力を活かした新しい子ども支援の仕組みを生み出していきたいと考えています。例えば、現状では、子ども食堂の運営を高齢ボランティアの方々が支えており、共働き社会の進展により今後の担い手不足が懸念されています。そこで、企業と連携して子ども食堂を設立するなど、ビジネスの視点を活かして持続可能な仕組みを作ることなども検討中です。東京海上日動さんをはじめ、多くのパートナーと協力しながら、資源循環社会の実現を目指し、一歩ずつ前進していきます。

今回のロスゼロさん、ネッスーさんとの連携は、本特約の全国展開に向けた重要な転換点と考えています。今後の展開に際しては、2つの視点から戦略を立て、より実効性のある仕組みづくりを進めています。
1つ目は、地域に根差した取り組みの強化です。食品ロスの課題は地域ごとに異なるため、画一的なモデルではなく、地域特性に応じた最適な仕組みを構築することが重要だと考えています。そのため、ネッスーさんの全国ネットワークを活用しながら、地域ごとに最適化した「食品ロス削減のエコシステム」を確立していきます。
2つ目は、大手食品事業者向けのオーダーメイド型のアプローチです。企業ごとに事業規模や取り扱う商品の個別性が大きいため、一律の枠組み・補償だけでは十分な課題解決に直結できない事も多く、企業ごとの本質的な課題・ニーズに合わせて提供価値を最適なものにチューニングし、実効性のある食品ロス対策を推進していきます。

当社が目指すのは、食品ロス削減という環境課題と、食の支援という社会課題を同時に解決する持続可能な社会システムの構築です。「大阪モデル」のような枠組みを全国へ展開し、地域ごとの課題に応じた独自のモデルを各都道府県などで確立することを目指しています。
サステナブルな社会を実現するためには、多様なプレーヤーが互いにメリットを享受できる仕組みが欠かせません。今回の協業を通じて、これまでにない新たな価値を創出し、社会と企業活動の双方に貢献するモデルを全国へ広げていきたいと考えています。


まとめ
東京海上グループは、食品ロス削減への取り組みを保険の枠を超えて推進しています。年間472万トンにも上る日本の食品ロスに対し、当社は株式会社ロスゼロやネッスー株式会社と協業し、「食品ロス削減推進特約」を開発しました。二次流通価格の差額や輸送コストを補償し、事業者が損失を恐れずに食品ロスを減らせる仕組みを整えました。
さらに、「大阪食品ロス削減コンソーシアム」の結成や、子ども食堂への寄付を組み込んだ支援体制を築くなど、食の廃棄と子ども支援を同時に実現する独自のエコシステムを創出しています。地域特性に合った持続可能なモデルを全国に広げ、環境保護と社会貢献を同時に実現することを目指しています。
私たちはこれからも、多様なステークホルダーとの連携を深めながら、サーキュラーエコノミーの実現に向けて社会課題の解決に貢献し、新たな価値を生み出していきたいと考えています。
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※掲載内容は2025年3月取材時のものです。
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*2農林水産省「日本の食料自給率」「1.令和5年度の食料自給率」
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*3東京海上日動ニュースリリース「食品の規格外品発生時の二次流通費用を補償する『食品ロス削減推進特約』の販売開始」
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*5消費者庁「食品ロスによる経済損失及び温室効果ガス排出量の推計」を参考にネッスー株式会社が試算
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[CIRCULAR PROJECT]
流通構造を変革せよ。
食品ロスゼロへの挑戦。
