女性の健康問題の解決を妨げるフェムヘルス分野の障壁と、保険が果たす大きな役割
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Phoebeは、自分の体調不良の原因をなかなか突き止められずにいました。何人かの医者に診てもらったものの、出される診断は医者ごとに異なっていました。さまざまな薬を処方されましたが、症状は改善しませんでした。そこで彼女が頼ったのが、フェムヘルス(女性の健康)分野のスタートアップ企業であるHertility社でした。Hertility社が提供する一連のシンプルなオーダーメイドのホルモン検査を受けることで、Phoebeは自分の身体について探し求めてきた答えを得られ、数か月に及ぶ原因不明の状態に終止符を打つことができたのです。
検査から10日も経たないうちに、不調の原因が多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)であることが確認されました。原因が判明したことで、Phoebeはようやく効果的な治療を受けられるようになりました。
Phoebeのようなケースは珍しいものではなく、数百万人の女性が彼女と似たような状況を経験しています。これまで長い間、女性の健康に関する研究は十分に行われてきませんでした。世界で現在45万件の臨床試験が行われていますが、そのうち女性の参加者が占める割合は3分の1未満です(31%)*1 。女性の疾患の数やその症状についてデータが不足しており、その結果、女性特有の問題に対する薬理学的・技術的解決策は、限定的なものにとどまっています。
女性が健康でない状態で過ごす時間は男性よりも平均25%長いのが現状です*2 。がんや糖尿病の他700以上の病気において、女性の方が男性よりも診断に時間がかかっており*3、 例えば男性のがんは女性よりも2.5年も早く診断されています。また、心臓発作後に誤診を受ける可能性は、女性の方が男性よりも50%高く*4 、多発性硬化症(MS)の場合は誤診の可能性が83%も高くなります*5 。いわゆる男女の健康格差は、極めて深刻であるのが実態です。この格差は、世界の人口の半分に影響する問題であるにもかかわらず、一般の人々にはほとんど認識されていません。
それでも、この格差の是正に取り組む革新的な企業が増加していることは、心強いことであり、その多くがスタートアップ企業です。こうした企業の起業家の多くは、自分自身の健康問題に苦労した経験を持つ女性であり、事業を立ち上げることで、月経や避妊、不妊、妊娠、更年期障害、乳房や骨盤、性の健康、あるいは女性に対して大きな影響や男性とは異なる影響を与える骨粗しょう症、自己免疫疾患、心臓発作、脳卒中などの病気に関連した健康問題の解決策を提供しています。
急成長を遂げるこの分野は将来性に満ちており、2030年までに1,030億ドル規模のビジネスになると予測されています*6。しかし、そこには落とし穴も存在します。資金不足、デジタル検閲、適切な保険加入の難しさ、という3つの障壁が創業者たちの前に立ちはだかり、事業の足枷となっています。
データが不十分である現状では、機関投資家が、フェムヘルス事業を過大なリスクのある投資だと判断することも少なくありません。世界の投資ファンドマネージャーの推定87.9%が男性であることが、さらに状況を難しくしています*7。男性のマネージャーの場合、フェムヘルス製品の市場でのニーズを、女性ほど理解していない可能性が高いためです。これに加えて、規制要件の厳しさや、製品に不具合が生じた場合の財務面や風評面での深刻な影響を考えると、フェムヘルスへの投資に意欲的なベンチャーキャピタルがこれほどまでに少ない理由が見えてきます。 Tokio Marine Kilnが最近行った調査によると、フェムヘルス企業の創業者の84%が投資家からの資金調達に苦労しています。
この最初の障壁を乗り越えた少数のフェムヘルス企業も、すぐに第2の障壁、すなわち製品の適切なマーケティングを妨げるデジタル検閲の問題に直面します。創業者が、オンラインマーケットプレイスやソーシャルメディアプラットフォームに投稿しても、不適切な表現であるため差止めようとするアルゴリズムに振り回されてしまうのです。その結果、強力なマーケティングを行い、製品を紹介・説明することができなくなるため、フェムヘルス企業への投資の可能性がさらに低下する、という悪循環が生じています。
そして最後の障壁が、保険です。保険業界全体として、成功を後押しする存在となれる大きな機会を逃しています。フェムヘルス企業創業者の約76%が、保険加入の検討時に問題があったと回答しており、多数の懸念点を挙げています。回答者の半数以上(56%)が、保険料が高すぎると答えていますが、これは、保険が一般的に大企業向けに設計されており、フェムヘルス業界特有のリスクやニーズが考慮されていないためです。保険会社にはリスクを引き受ける意欲がないと感じると回答する人は3分の1を超えており(39%)、また回答者の半数が契約を難しくする要因として挙げた保険の複雑さについては、多くの保険に不合理な免責条項が含まれていることがその理由となっています。
そしてこれらの障壁は、すべてつながっています。適切な保険がなければ、企業は臨床試験を行うことができません。試験検証とその成果が得られなければ、投資の確保は困難になります。この問題をうまく乗り越えられた企業でも、資金をマーケティングに投入する段階になると、デジタル検閲の問題に直面し、その努力は水の泡となってしまうのです。
そこで出番となるのが保険であり、保険業界は、この悪循環を断ち切る重要な役割を果たすことができます。
フェムヘルス企業の成功に必要なリソースを確保できるように、カスタマイズされた保険商品を開発するという、保険会社には他にない力があります。サイバー攻撃から訴訟、さらには規制措置まで幅広い問題への対処という点で、保険ソリューションが健康とレジリエンスの分野での進歩を加速させることを忘れてはなりません。フェムヘルス企業専用の初のオーダーメイド保険商品であるTokio Marine Kilnの「IntelliMed」は、その好例です。保険会社がフェムヘルスのような産業を支援できれば、それは社会全体の利益につながります。
Kirsten Shastri, Head of Life Sciences, Tokio Marine Kiln
Kirsten Shastriは、ロイズ保険市場における国際的な大手専門保険会社、Tokio Marine Kilnのライフサイエンス部門責任者です。Kirstenは、UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)で理学の学位を取得し、卒業後は幹細胞研究の分野でキャリアを積んだ後、10年以上にわたり、企業が直面するリスクの理解と、イノベーションの保護を支援してきました。さらに、スマート医療機器、医療用ソフトウェア、遠隔医療など、テクノロジーを駆使したヘルスケア分野のソリューション開発にも携わっており、COVID-19のパンデミック時には、ワクチンメーカーのリスク管理ソリューション開発において重要な役割を担いました。
Kirstenは、フェムヘルスとフェムテック分野に情熱を注ぎ、革新的事業を展開する数十社の創業者と協力し、イノベーションの市場導入時に直面する課題の克服を支援しています。彼女はチームメンバーと共に、この分野の妨げとなってきた知識や資金の不足に対処するソリューションを開発してきました。フェムテック製品やスマート医療機器、医療用ソフトウェア、ならびに遠隔医療が抱える固有のリスクに対応するために設計された保険商品「IntelliMed」の開発は、その一例です。
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