あなたは、どんなときに「怒り」を感じますか?感情が社会を変える

  • 社会課題・高度化社会
2025年5月13日
  • この記事は東京海上研究所が発行する「SENSOR」を転載した記事です。

世の中には多くの社会課題が存在します。それらを解決するには、何が必要だと思いますか?
高い使命感や倫理観、卓越した技術やスキル、組織、制度など、多くの要素が考えられます。 本稿では、「原体験に基づく感情」に着目します。

原体験に基づく感情

原体験に基づく感情が社会課題の解決に与える影響について、NPO(非営利団体)の事例で考えてみたいと思います。
社会課題の解決に向けて、事業を一から立ち上げ、一定規模(年間収入3億円以上)まで成長し、事業が長期間(10年以上)継続していることを条件に選定したところ、5つのNPO(表1参照)が該当しました。先ずは、かものはしプロジェクトの村田早耶香氏と、フローレンスの駒崎弘樹氏の取り組みを見てみましょう。

表1 NPO創業者の原体験に基づく感情

NPO名
(創業者)
事業内容 原体験【感情】
かものはしプロジェクト
(村田早耶香)
児童買春問題の解決 少女売買(アジア)に関する新聞記事【心痛・怒り】
フローレンス
(駒崎弘樹)
病児保育 病児を看病して休暇取得したことにより、その母親が失業したことを聞いたとき【怒り】
キッズドア
(渡辺由美子)
学習支援 英国における外国人家庭、貧困層等への自発的な教育サポート(日英の違い)【感動とショック】
カタリバ
(今村久美)
キャリア学習支援 成人式における友人とのモチベーションのギャップ【悔しさ】
育て上げネット
(工藤啓)
ニート支援 両親のボランティア活動(血のつながらない兄弟姉妹との生活)、支援施設職員の言葉【感銘】

かものはしプロジェクトの創業者である村田早耶香氏が19歳の時、少女売買に関する新聞記事を目にしました。たった100ドルで売春宿に売られHIVウィルスに感染し、その後エイズを発症し、20歳で亡くなった女性が取り上げられていました。「学校に行って勉強してみたかったな。そうしたら警察官になって、自分みたいな子を救えるのに」との亡くなる前の本人の言葉も掲載されており、ひどく心を痛めました。
村田氏は、居てもたってもいられなくなり、お金をためて現地に行き、タイやカンボジアで活動するNGOを訪ねて回りました。
その後、共同代表となる青木健太氏、本木恵介氏と共に、かものはしプロジェクトを2002年に立ち上げました。児童買春問題が深刻であったカンボジアでは、プノンペンでパソコン教室を開設し、貧困層の子ども達がITスキルを身につけて就職するという成果を出すことができました。
しかし、売春宿で働くのは農村の貧困層の子どもたちであり、児童買春問題を解決するというミッションを達成しておらず、「ビジネスモデルをとってミッションを変えるか、ミッションをとって事業を変えるか」を真剣に考え、最終的にパソコン教室を3年で終了し、農村地域の支援を開始しました。「親に仕事を、子どもに教育を」を実現することが、児童買春を防ぐ一番の近道であると考え、コミュニティファクトリー事業(いぐさ製品の製造)に取り組み、経済的な課題を解決しました。
こうした「子どもを出稼ぎに出さない、売らせない」という活動に加え、子どもを買う人を取り締まるための警察支援にも取り組み、逮捕者は9倍に増え、売春宿の子どもの姿は減り、解決へと進みました。

次に、フローレンスの創業者である駒崎弘樹氏は、ベビーシッターである彼の母から「病気になった子どもを看病するために会社を休んだ母親が失業した」との話を聞き、強い怒りを感じました。
病気の子を看病するために会社を休むという「あたりまえのことが許されない社会」を変えて、「あたらしいあたりまえをつくる」ことを決意しました。当時未婚の20代であった駒崎氏は、2004年にフローレンスを立ち上げ、医療機関ですら躊躇する病児保育について、幾多の困難を乗り越え、子どもが急な発熱をした場合に保育スタッフを自宅に派遣する「訪問型病児保育サービス」を開発しました。
フローレンスが提供する病児保育サービスは、保険もヒントになっています。利用者は月会費を支払い、子どもが発熱した場合に病児保育サービスを利用できる「現物給付型保険」として開発されました。 「なぜヒト・モノ・カネが十分ではないNPOが開発できて、プロである保険会社が開発できなかったのか?」保険業界で働く者として、考えさせられる事例です。
村田氏と駒崎氏の他にも、表1のとおり、キッズドアの渡辺由美子氏、カタリバの今村久美氏、育て上げネットの工藤啓氏が、「原体験に基づく感情」をきっかけにNPOを立ち上げました。次項では、キーとなる「感情」について探ってみたいと思います。

感情とは

心理学者であるラッセルとバレットは、図1のとおり、人間が持つ6つの基本感情「幸福、驚き、恐れ、怒り、嫌悪、悲しみ」を、「快・不快」(横軸)、「活性・不活性」(縦軸)の2軸で位置づける、「感情円環モデル」を提唱しました。

図1 感情円環モデル

怒り等の不快な感情は、心を強く活性化させる働きがあり、起業のきっかけになる可能性があります。また、原体験を持つ起業家が成功する理由として、意志が強いこと、粘り強く取り組むことを挙げる研究があります。さらに、59%の起業家が「事業のアイディアの着想は、自分の原体験である」と回答しているアンケート結果もあります。
一般のアンガーマネジメントは、感情から生じる「負の側面」を抑えることを主な目的にしていますが、感情を社会課題解決につなげていく「正の側面」に着目することも大切です。

次に、感情が起こる構造について見ていきます。
先ほど示した6つの基本感情は世界共通で、太古からの進化に基づくものだとする考え方があります。これは「基本情動説」と呼ばれるものです。
一方で、図2のとおり、無数のインスタンス(過去の原体験)から情動概念が形成され、それを通じて感情が起こるため、感情は世界共通ではないとする考え方もあります。これは「構成主義的情動理論」と呼ばれています。感情は本能的なものだと考えがちですが、実は社会的なものだと捉える考え方です。
ここで大切なことは、本来は怒りを感じなければならないような社会課題に対して、社会的に容認してしまうと、怒りの感情が起こらなくなってしまう恐れがあるということです。感情を社会課題の解決につなげていくためには、「本能的な感情」や「社会的な感情」を認識したうえで、「自分自身の原体験に基づく感情」を大切にする必要があります。前項で述べたNPOの創業者は、原体験に基づく感情を我が事として真剣に受け止め、起業のきっかけにしたと言えるでしょう。
図2 無数のインスタンスと情動概念

最後に

あなたの人生を振り返って、強い感情が湧いた瞬間を思い出してください。それが『原体験に基づく感情』です。そこに『社会を変えるヒント』が見つかるかもしれません。

<注記>
本稿は、日本開発工学会主催 第7回研究発表大会(2024年6月29日@芝浦工業大学豊洲キャンパス)で優良賞となった論文『原体験に基づく経営哲学』をベースにしています。
また、本研究テーマの全体像は、SENSOR第67号「日経産業新聞掲載『ボランタリー社会』(全10回)」新規タブで開きますでご紹介しています。ぜひこちらもご覧ください。

執筆者コメント

日本は課題先進国と言われています。例えば、少子高齢化による人口減少、生産年齢人口の減少に伴う経済の停滞、育児・保育・介護サービスの人手不足、教育格差、子どもの貧困、孤独・孤立など、枚挙にいとまがありません。
また、東京海上研究所主催セミナー(2023年1月)で講演した山極壽一氏(前京都大学総長)は、人間社会が抱える問題として「人間社会のサル化(効率優先の序列社会)」、「アイデンティティの危機(不安、孤独、孤立)」を挙げ、これらの原因を「資本主義社会、制度・組織・ルール重視社会、西洋思想(二元論、要素還元主義)の圧力だ」と指摘しています。冒頭で挙げた社会課題も、これらが原因の1つになっていると思います。
そこで、東京海上研究所では、これらの社会課題を解決するために、ボランタリー社会の研究を行っています。本研究では、個人の自発的な行動である「自発性」と、人と人とのつながりである「関係性」に着目して、社会課題の解決方法を探っています。「自発性に基づくソーシャルイノベーション」と「関係性に基づく安全ネットの再構築」が研究目的です。今回の感情に関する研究は、自発性の起源を探るものです。

東京海上研究所 主席研究員 木下智雄

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