線状降水帯予測はどこまで進化するのか? 気象庁に聞く2030年の予測技術

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2025年2月28日
  • この記事は東京海上研究所が発行する「SENSOR」を転載した記事です。

自然災害の激甚化・頻発化が進んでいます。「線状降水帯の発生や台風の進路が事前に予測できたら・・・」社会からそのような期待が寄せられる中で、わが国の気象の予測技術はどのように進化しているのでしょうか?今回は、天気予報や防災気象情報の基盤データとなる「数値予報」の技術開発を通じて、線状降水帯や台風などの予測に挑んでいる気象庁情報基盤部数値予報課の北村祐二 予報官、笹川悠 数値予報技術開発連携調整官のお二人にお話を伺いました。

「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」について

東京海上研究所(以下、TMRI)

線状降水帯や台風の予測技術については、社会からの関心が高くなっています。気象庁での予測技術の進化に向けた取り組みや今後の展望について教えてください。

笹川さん

近年の集中豪雨や台風による気象災害の激甚化を受けて、社会から予測技術の向上を求める要請が強くなっています。天気予報や防災気象情報の基礎情報となる「数値予報」の技術開発を強力に推進していくために、気象庁では「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」*1を掲げて、産学官オールジャパンの連携で取り組んでいます。

気象庁へのインタビューの様子
(左)笹川さん、(中)北村さん、(右)東京海上研究所 荒木

「数値予報」とは・・・

各種観測データをもとに、現在の大気状態をコンピュータ上に詳細に再現し、それを初期値として物理法則に基づき時間変化のシミュレーション計算を行うことで、未来の大気状態を予測する技術を「数値予報」といいます。気象庁では、この数値予報を天気予報や防災気象情報の基礎情報として活用しています。

図1 天気予報ができるまで(出典:気象庁)
①観測データを収集(気温、風、雨量など)②スーパーコンピュータで未来の気象を予測(スーパーコンピュータ、予測データを可視化、例:雨量の予測図)③天気予報を作成(予報を検討、発表する予報官)
TMRI

どのような計画なのでしょうか?

笹川さん

「(1)豪雨防災」「(2)台風防災」「(3)社会経済活動への貢献」「(4)温暖化への適応策」の4つのテーマについて、2030年における重点目標を掲げて、技術開発を進めていくものです(図2)。具体的なゴール設定にあたっては、民間企業などの関係者の皆様へヒアリングを行い、いただいた意見を参考にした審議会の提言を踏まえました。線状降水帯などの「豪雨防災」に関しては、喫緊の課題と考えており、力を入れているところです。

図2 「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」における重点目標(気象庁資料をもとに研究所作成)
2030年における重点目標:自然災害や社会情勢の変化と科学技術の発展を踏まえ、ビジョンの実現に向けて重点目標を掲げる (1)豪雨防災:集中豪雨発生前に、明るいうちからの避難等、早期の警戒・避難を実現 (2)台風防災:大規模災害に備えた広域避難・対応を可能にする数日先予測の高精度化 (3)社会経済活動への貢献:生産・流通計画の最適化等に役立つ高精度な気象・気候予測を実現 (4)温暖化への適応策:「わが町」の地球温暖化予測により、国や自治体等の適応策策定に貢献

線状降水帯の予測について

TMRI

まず「豪雨防災」の取り組みについてお伺いします。線状降水帯は局地的な現象であるため、予測は難しいという認識があります。予測技術はどのように進化しているのでしょうか?

笹川さん

2022年より、線状降水帯による大雨の可能性がある程度高いと予測できた場合に、半日程度前から気象情報において呼びかけを実施する取り組みを開始しました。当初は“四国地方”、“東海地方”といった地方単位で発生可能性を呼びかけていましたが、段階的に地域を狭めていく取り組みを行っており、2024年5月からは、「府県単位」で呼びかけを実施しています*2。2029年を目標に、「市町村単位」で呼びかけていくことを目指しています。対象地域を絞ることで、住民の皆様にわが事としてより強く意識していただけるだけでなく、市町村の自治体・関係機関の防災担当の皆様にも、避難所開設の準備や水防体制の確認など、防災行動の意思決定にご活用いただけます。

TMRI

呼びかけを行うタイミングが「半日前」というのは、どのような理由があるのでしょうか?

笹川さん

過去の災害を教訓として、夜間の寝ているような時間帯に発生しうる集中豪雨による災害に対応するには、明るいうちから備えておく必要があるからです。直近の研究では、梅雨期の九州地方では集中豪雨の発生時間帯は夜間から朝方に多いとの分析もあり*3、早い段階から心構えをもっていただき、「明るいうちから早めの避難」ができるように「半日前」に情報を提供しています。

TMRI

線状降水帯の発生を早期に検知し、お知らせする取り組みも行われていますね。

笹川さん

「顕著な大雨に関する気象情報」として、線状降水帯が発生したことを発表する取り組みを行っています。これは、「迫りくる危険から直ちに避難」ができるように、線状降水帯の発生を早期検知し、大雨による災害危険度が高まっていることをお伝えするものです。従来は、雨量等の基準を満たしたタイミングで発表していましたが、予測技術を活用することで、2023年からは最大30分程度前倒しして発表しており*4、将来的には2~3時間前に発表することを目標としています。住民の皆様には、気象庁が洪水・土砂災害などの危険度をお知らせする「キキクル」*5もあわせてご活用いただき、身の安全を守る行動につなげていただければと思います。

図3 線状降水帯の予測精度向上に向けた取り組み(気象庁資料をもとに研究所作成)
半日前予測:2022年6月地方単位を対象。2024年5月府県単位を対象。2029年(予定)市町村単位を対象、早期検知:2021年6月発生情報提供開始。2023年5月最大30分程度前倒し。2026年(予定)2~3時間前を目標。
TMRI

市町村単位での事前予測や2~3時間前の早期検知といった目標は、かなりチャレンジングに感じますが、実現に向けて、どのようなハードルがあるのでしょうか?

北村さん

一つはシミュレーションモデルの改善です。従来、78時間先までを予測する解像度5kmのモデル及び10時間先まで予測する解像度2kmのモデルを運用していましたが、2024年には解像度2kmのモデルが18時間先まで予測できるようになり線状降水帯の半日前予測に活用可能となりました。2026年には更に解像度について2kmから1kmにしたいと考えています。解像度が上がるほど降水量の再現性は高まる(図4)のですが、切り分ける格子数が増えるため、シミュレーションに必要な計算量は大幅に増加します。その一方で、半日前に予測を間に合わせる必要があるので、計算スピードが重要になります。2024年3月に新しいスーパーコンピューターを導入するなどコンピュータの処理能力は向上していますが、より効率的な計算手法についても検討しており、計算の高速化に向けた開発を進めています。また、単に解像度を上げるだけではなく、格子ごとに計算する物理過程(雲が氷になって雨になるなど物理的な状態の変化を数式化したもの)についても、実際の自然現象に近づくように改善を進めています。

図4 高解像度化した局地モデルのイメージ(出典:気象庁)
TMRI

解像度が1kmになると、強い降水のある赤色の地域がはっきりと分かりますね。その他に課題はありますか?

北村さん

もう一つは、観測データの活用です。予測精度を向上させるためには、シミュレーションの初期値のもととして用いる観測データを充実させることが求められます。線状降水帯の予測に重要となる大気中の水蒸気量の観測データを充実させるために、新たな水蒸気観測機器を配置するなど観測を強化しています。また、最新技術を導入した次期静止気象衛星「ひまわり10号」の整備を進めており、2029年度の運用開始を目指しています。この「ひまわり10号」による水蒸気の観測は、2030年の目標実現に向けて重要な切り札となります。これらの観測データを十分に活用して、よりよいシミュレーションの初期値を求めていきます。

台風の予測について

TMRI

台風予測についても教えてください。2023年に予報円が最大40%小さくなったことがニュースリリースされましたが、2030年までに更に精度が向上するようですね 。

図5 台風進路予測改善のイメージ(気象庁資料をもとに研究所にて修正)
笹川さん

2030年目標では、3日後の進路予報の誤差、つまり進路予報円を100kmまで小さくすることを掲げています(図5)。従来ですと、東京から浜松まで広がっていた予報円が、ピンポイントに東京周辺が収まる、そのような精度で予測を目指しています。台風についても、線状降水帯と同様に、予測モデルの改善と観測の強化の両輪から予測精度向上に取り組んでいます。

数値予報データの活用について

TMRI

2030年重点目標には「社会経済活動への貢献」という項目もあります。数値予報データを社会でどのように活用いただきたいですか?

北村さん

防災分野はもちろん、商品の需要予測や生産調整などへの利活用も進めていただきたいです。各事業者が、気温や湿度などの気象データから独自に気象予測を行うことは大変ですが、数値予報データを使えば気象庁で予測した結果をそのままビジネスに活用できます。ぜひ、多くの事業者の皆様にご活用いただき、気候によるリスクの軽減や生産性の向上に役立てていただきたいと思います。

TMRI

数値予報データを活用したい事業者も多いと思いますが、どうすれば入手できるのでしょうか?

北村さん

数値予報データは、「気象業務支援センター」を通じて提供させていただいておりますので、同センターのホームページ*6をご確認ください。また、数値予報データの他にも、気象庁から提供している気象関連データは多岐に渡ります。産業界における気象データの利活用拡大を目的として産学官連携で取り組む気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)にて「気象データ利用ガイド」*7をご用意しておりますので、こちらもぜひご覧ください。

TMRI

今後、予測精度が向上すると、産業界でのデータ活用が進みそうですね。

笹川さん

そうですね。数値予報データは、あくまで“予測”データですので、予測の“幅”がある点にはご留意いただきながら、積極的にご活用いただければと思います。

東京海上日動のサイトでは、防災・減災に役立つ知識をご紹介しています。ぜひご覧ください。

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