新しい時代のリーダーシップ

2020年1月に東京海上キルン（TMK：Tokio Marine Kiln）のCEOに就任したBrad Irickは、これまでに東京海上HCC（TMHCC）の最高財務責任者（CFO）も務めています。

Brad Irickのこれまでの保険事業への取り組みとともに、彼が考える日々変わり続けるリーダーシップの課題と機会についてご紹介します。

TMKおよびTMHCCでの経験について

プライスウォーターハウスクーパース（PwC）にて21年間ほど会計の仕事に携わった後、2010年に米国の東京海上HCCにCFOとして入社しました。

そして、2018年半ばから2020年までの1年半の間は、英国の東京海上キルンの副CEOを務めながら、東京海上HCCではCFOとして職務にあたり、グループ内で二つの役割を担っていました。

その後、光栄なことに2020年初頭に東京海上キルンのCEOに就任しましたが、間もなく世界中で新型コロナウイルス感染症（Covid 19）によるロックダウンが始まりました。

なぜ、保険業界を選んだのか

私はテキサス州ロングビューで育ち、兄や姉と同じようにテキサス大学・オースティン校で会計学の学位を取得しました。大学を卒業後はPwCとKPMGで21年間会計士業務に携わりましたが、当初は保険業界を専門にすることは特に考えておりませんでした。しかし、最初の年に保険業界のクライアントを主に担当することになり、この業界に興味を覚えたのです。そして、気づけば21年間、グローバルな保険会社を中心に担当していました。東京海上HCCは私の元クライアントであり、公認会計士から上場企業のCFOになるのは、私にとっては自然な流れでした。

ロングビューからテキサス州ダラス、ニューヨーク、東京、ヒューストン、そして現在のロンドンへとキャリアを築くことができたのは、私にとって非常に幸運なことでした。保険業界で働くことに大きな喜びを感じており、この仕事を通じて社会へ貢献することに深い意義を感じています。この社会貢献は、まさに東京海上グループのパーパスであり、これを後世に伝えていく責任を感じています。

大きな転機を経験したことによるリスクに対する考え方の変化

すべての変化には、ある程度のリスクが伴います。私がニューヨークに移った際、母からは「そのようなチャレンジをする必要はない」と言われました。しかし、たとえ大きなリスクや不確実性が伴ったとしても、新しいチャレンジに喜んで挑むことは、常に私の役に立ってきました。信念を貫く勇気を持つことは、この業界において特に重要なリーダーシップスキルだと考えています。

CEOの役割と、これまでの他のリーダーポジションとの違い

CEOには、組織全体に対するより広範な責任が伴います。CEOを務めることは非常に光栄なことですが、当然ながらその責任は重大であり、企業の最終的な責任者としての側面があると思います。これは他の経営幹部職よりも顕著であり重要な部分だと感じています。特にその責任を痛感したのは、2019年9月の社員イベントで東京海上キルンのCEOに就任することが発表された時です。壇上に上がって550人の社員の顔を見渡した時、社員とその家族の期待を一身に背負って、これをきちんとやり遂げなければならないという強い思いを感じました。そして、その思いは今でも忘れることなく、常に感じています。

また、これは自分自身のこれまでの経験から思うことなのですが、CEOの役割というものは他の経営幹部職に比べ、あまり事前に書き物で決まっているものではありません。例えば、東京海上キルンの目指すべき姿や企業文化について、私自身の考えを明確にする必要がありましたが、これは簡単なことではありませんでした。また、会社を進化させていくためには、強力で優れたプロフェッショナル・チームを編成することも非常に重要です。今現在取り組んでいる事業に対して、ストレステストを行ったり、必要があればプッシュバックしたりすることができる強い信念や覚悟を持つ優秀な専門家たちのチームを擁する必要があります。

東京海上キルンにおいて、成果を評価する際に重視している指標

仕事は人々の生活にとって、必要不可欠なものだと思います。全ての人が必要なサポートや適切な評価を受け、キャリアを通じて自分のスキルを伸ばすべきだと考えています。企業がこれらを正しく理解することは、顧客が必要とする製品、専門知識、サービスを提供するにあたって大いに役立ちます。そして、ひいては、それがビジネスとしての大きな成果を生み出すことにつながるのです。

すべてのことは、企業文化に根ざします。そのため、これを企業マインド（経営理念）の中心に据えることが非常に重要です。東京海上キルンが理想の企業文化の構築に重点を置いてきたことと、私たちの業績には直接的な相関関係があると言えます。企業文化は戦略の「おまけ」ではなく、戦略そのものなのです。

毎年、明確に定義された的を射た目標を設定することは、ビジネスにおいて全員の集中力と一貫性を生み出すことに役立ちます。そして全員の努力を結集することで、会社の潜在能力を最大限に引き出すことができるのです。

尊敬する人から学んだ優れたリーダーシップの資質

これまでのキャリアにおいて、私は幸運にも多くの才能ある人たちと仕事をする機会に恵まれました。そして、そのような環境の中、私は年齢や経歴の長さに拘らず、すべての同僚を平等に見守り、彼らから様々なことを学びました。特に、彼らの異なるアプローチが他の人々にどのような影響を与えるのかについて、よく観察するようにしていました。

そして、一貫性と明瞭さが前向きな職場環境を育むことに気がつきました。また、率直でありながらも思いやりを持つように努力することが大切であり、協力的な環境を作ることも重要だと学びました。

グローバル企業において、組織全体で共通の企業文化を創造することの難しさ

グローバルに展開する事業を結ぶ共通のパーパスは、組織にとって必要不可欠です。東京海上は「To Be a Good Company」をビジョンに掲げています。「Good Company」として、社員のモチベーションを高め、コミットメントを実現し、利益を超えて社会と顧客のベネフィットを追求する、そんな「良い会社」を私たちは目指しています。

東京海上によるキルン社、および、HCC社買収の際も、企業文化を「Good Company」へと向かわせることが最優先事項でした。良い会社でありたいという私たちの永続的な願望は、事業展開のあらゆる場面で私たちの思考と意思決定の原動力となっています。

マネジメント・チームが発言に一貫性を持ち、社内の人々と定期的に目に見える形でコミュニケーションを取り続けることができれば、グローバルな事業展開においても、グループ共通の強固な企業文化を維持し、発展させることができると思います。

また、全社員からフィードバックを集めことができるオープンなチャンネルを確保することも大切です。社内に安全でオープンなコミュニケーションの場を確保することにより、企業文化に亀裂が生じた場合でも、すぐに発見して迅速に対処することができます。

そして、マネジメント・チームは、率先してこれを実践する必要があります。リーダー自らが企業文化を体現し、あらゆる機会にそれを強化しなければならないと思っています。

企業文化の実践についての具体的な取り組み

東京海上キルンでは、イベント、社員フォーラム、サウンディング・ボードでのセッション、タウンホールミーティングでの質疑応答などを通じ、定期的に社員からのフィードバックを募っています。社員とのオープンな対話に努めており、定期的に従業員アンケートやフォーカス・グループも実施しています。私たちが築きたい企業文化を社員がどのように体験しているかを確認し、提起された問題については必ずフォローアップを行い、状況を改善し、事業発展のために取ったアクションを公表しています。これにより、社員全員が発言し、戦略に貢献する機会を持つと共に、マネジメント・チームから直接回答をもらう機会を得ることができます。時を重ねるにつれ、私たちが受け取るフィードバックの変化や、社員からの様々な質問から、会社が象徴する文化に対するチームの信頼度が高まっていることがわかりました。

保険業界のリーダーたちが現在直面している大きな課題

私が東京海上キルンのCEOに就任して以降、世界中で様々な出来事が起こり、大きな環境の変化がありました。新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミック、前例のない地政学的リスク、エネルギー危機、生活費の高騰、持続的なインフレ、大規模な異常気象など、私たちは皆これらを目の当たりにしてきました。私自身も、冬季の暴風雨「Uri」によってテキサス州の自宅が浸水するという体験をしています。

また、AIやテクノロジーの進化は、チャンスと同時に課題をもたらしていると言えいます。リスクは時々刻々と変化しており、私たちはそのような変化に対応し、お客様に安定性、強靭性、信頼性を提供するだけでなく、そのような変化に対応したイノベーションを起こす必要があります。

しかし、こうした課題があるからこそ、私たち保険業界が存在意義を持つのです。私自身が経験してきたように、リスクなくして進歩はあり得ません。私たちは、社会、企業、産業、経済がその可能性を実現できるよう、進化をサポートする必要があります。世界は保険を必要としており、私たちの活動は顧客や社会にとってこれまで以上に重要なのです。

企業のリーダーに求められる役割

企業のリーダーに求められるものは広がっています。結果は常に重要ですが、その結果をどのように達成するのかが組織の真の尺度だと考えます。これには、企業が社員をどのようにサポートし、どのように育成するかが含まれます。また、お客様にどのように貢献しているか、事業を展開する地域社会とどのように関わっているか、環境にどのような影響を与えているか、事業パートナーとはどのように関わっているのか、これらすべてが重要な要素となります。

これらに対処するために大切な鍵となるのがパーパスなのです。また、インクルージョンとダイバーシティへの関心もかつてないほど高まっています。保険業界において、資本を手に入れた後の成功は、雇用する社員にかかっています。社員が最高のパフォーマンスを発揮し、社員自身と会社の可能性や実力を存分に発揮できるよう、彼らのモチベーションを高めることがとても重要なのです。そのために、優れた企業文化を構築する努力をたゆまず行っていく必要があります。

現代における最高のリーダーとは、優れた企業市民となるよう組織に力を与え、社会に良い影響を与えることができるように組織を絶えず推進する人たちだと思います。