喫煙よりも、肥満よりも、あなたの命に危険をもたらすのは「孤独」
- 社会課題・高度化社会
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※この記事は東京海上研究所が発行する「SENSOR」を転載した記事です。
喫煙よりも、肥満よりも、あなたの命をむしばむもの —— それは「孤独」です。2023年、米国公衆衛生 局長官が、「孤独は1日15本の喫煙に相当する」と警鐘を鳴らしたことが話題を呼びました。日本でも「独居高齢者」「孤独死」といった言葉がよく報道されますが、最新の調査では高齢者以上に若者が孤独感を抱えていることがわかってきており、世代を超えた問題であるといえます。ヘルスケアやウェルビーイングを考えるにあたっても、「孤独」という危機と向き合うことは重要です。今回は、「孤独」がいかに私たちの健康をおびやかすのか、そして日本の「孤独」の現状を紹介します。
「孤独」、「孤立」、「単独」
現代では、個人のプライバシーが守られ、他者と適切な距離感で生きることが良しとされる一方で、まるで自分が社会から仲間外れにされてしまっているような孤独感に苦しんでいる人たちもいます。
そもそも、「孤独」とは何でしょうか?また、よく似た言葉に「孤立」がありますが、違いは何でしょうか?
「孤独(loneliness)」は、自分が欲する社会とのつながりが得られないことに対するネガティブな感覚であり、主観的な感情です。一方で、「孤立(isolation)」は、家族も含めた社会と物理的に交信していないという、客観的な状態を表します*1。孤立した状態にあるとき、多くの人は孤独を感じますが、決して社会的に孤立しているとはいえない状況にあっても、孤独に苦しむ人はいます。孤独とは主観的な感情だからです。
なお、「単独(solitude)」という言葉もあります。これは自ら望んで一人になることを指します。集中して自分と向き合うポジティブな感情または状態であり、孤独とは区別されます*1。
孤独がもたらすリスク
孤独感をもたらす社会的な孤立は、一般に健康に対するリスクと言われる、喫煙・飲酒などを上回るリスクになることがわかっています*2(図1)。また、孤独を感じていることが、寿命を明確に短くすると示されている*3ほか、心血管疾患や2型糖尿病といった疾病との関連が指摘されています*4。
さらに、孤独感が身体的な痛みのようなものをもたらすことも判明しています。ゲームで仲間外れにされた人の脳の活動を確認する実験において、仲間外れにされたときに脳の前帯状皮質という部位が反応することがわかりました。これは、肉体的な苦痛が発生しているときと同じ反応です*5。
孤独という病は、顕微鏡で見ることはできませんが、確実に私たちの身体をむしばんでいるのです。
孤独の秘密は人類の進化にあり?
なぜ、ただ孤独を感じるというだけで、これほどまでに私たちの身体に悪影響が生じるのでしょうか?その理由は、人類の進化の過程にあります。
最初期の人類は、集団のなかでつながりを築くことで、外敵から身を守り、繁殖の機会を多く得ることができました。また、個では乗り越えられない困難も、集団の知性によってイノベーションを起こし、克服してきたと考えられます*6。人間が社会とのつながりを求めるのは、それが生存戦略だったからなのです。
長い進化を経て、私たちは集団から孤立し、孤独を感じると、強いストレスがかかり、著しく警戒感が高まるような身体になっています。この反応は、短期的には危機回避に役立ちます。しかし、その状態が長期化すると、免疫系統のバランスが崩れます。実際に、長期の孤独感は、白血球に変化をもたらし、ウイルスへの抵抗力が弱まることがわかっています*7。また、睡眠が浅く断続的になることも様々な病因になります*8。
大昔は、集団から孤立した人間はあまり長く生き残ることはできなかったでしょうから、孤独による身体への悪影響は問題にならなかったかもしれません。しかし、現代の私たちは、孤立したからといってすぐに死ぬわけではありません。生きてはいけるものの、孤独を長く感じているうちに、健康を害してしまうのです。
日本人と孤独
内閣府の調査では、日本人の約47%が孤独を「常に感じる」または「時々感じる」と回答しています*9。「独居高齢者」が社会問題になっているように、実際に孤独死してしまう日本人のうち、男性の約62%、女性の約59%が60代以上の高齢者であり*10、今後、高齢化社会が進展することでますます高齢者の社会的孤立が深刻になる可能性があります。一方で、これは同時に、孤独死者のうちのおよそ4割は、60代未満のいわゆる現役世代であることを示しています。
前述の内閣府調査の結果を年齢別に見てみると、60代以上の高齢者よりも、60代未満の現役世代の方が、孤独を「常に感じる」または「時々感じる」と回答している割合が高い*9ことがわかります(図2)。なお、男女別の結果を見ても、男女ともに30代で「孤独を感じる」と答える割合が最も高くなっています*9(30代男性のうち約60%、30代女性のうち約53%)。
客観的に孤立していることが明らかな人には比較的支援を届けやすいものの、現役世代のなかには「孤立していないが、孤独を感じる」という人が多くいると考えられ、周囲からの支援を困難なものにしています*11。
なお、孤独感に影響を与える要因として、「家族との死別」に次いで「一人暮らし」が主な要因となっています*9。最新の調査では、単身世帯数が今後も増え続け、2050年には全世帯数のうちの約44%が単身世帯になることが指摘されています*12。このまま何も対処せずに事態を放置しておくと、日本人のなかで孤独はますますまん延していきます。
これまで紹介してきたように、孤独は人間にとって恐ろしい悪影響を及ぼします。そして、孤独の最も恐ろしい点の一つは、冒頭に述べたとおり、孤独とは主観的な感情であるために、万人に共通する特効薬が存在しないことです。
孤独に対する近年の取り組み
最後に、近年の国内における孤独に対する取り組みについてご紹介します。日本では、2021年に孤独・孤立対策担当大臣が設置されました。これは、イギリスに次いで世界で2番目に誕生した孤独・孤立対策専門の大臣です*13。これを中心として、「孤独・孤立対策に関する有識者会議」が開かれており、有識者の提言と議論に基づき、これまで多くの施策が実行に移されています*14(表1)。
しかし、日本では、高齢化に加え、地方の過疎化および都市一極集中、被災地における問題、いじめ問題、家庭・職場でのハラスメント問題など、孤立する人が増加している要因は多方面にわたり、抜本的な対策というものが難しい状況にあります。また、孤独感を抱いている人ほど、自発的には支援を求めないという傾向が指摘されており*15、外部からの支援を困難にしています。
これに対し、有識者会議では、「気軽に話せる場があると良い。(中略)あなたはこういう課題があるからここへ行きなさいということではなくて、自然につながれるということは重要」という発言がなされています*15。「集まれる場所が必要」という提言は海外でもなされており、例えば河川堤防を公園にもなるように設計したり、図書館を地域社会のネットワークが生まれる場所として再デザインしたりすることで、街の人々のつながりが自然と強くなった事例があります*16。そうした地域のつながりは、自然災害のような事態を乗り越えるにあたって、驚異的な効果をもたらすことが判明しています*16,17。
ここに、官民が連携し、経済的なベネフィットも追求しながら、孤独問題を解決していくためのヒントがあると考えられます。例えば、過去の内閣府調査では、若年層は孤独感が高く、相談相手のいない人が多い一方で、周りの人を助けたいという意思を持っている人も多いことが示唆されており*18、若年層が自然に結び付きあえるような仕組みをつくることで、自発的な問題解決に向かっていく可能性があります。
日本人の孤独感を癒していくためには、主体が行政であれ民間であれ、限られた資源のなかでの効率的な施策を考えつつも、それぞれの地域や、一人ひとりの人間に寄り添った対応が併せて求められます。しかし、それこそが、AIには簡単にマネできない、温かい心を持つ人間がなすべき仕事ではないでしょうか。
執筆者コメント
自立した、一人の人間としての「個」が尊重される社会であるべきことは言うまでもありません。一方で、本人が望まない形で、人とのつながりを失い、「孤」に陥ることを防ぐ社会でもなくてはなりません。
人とのつながりとは、身体における「免疫力」「抵抗力」のようなものかもしれません。抵抗力が多少下がっていても、身体が健康であるならば、それは直ちに問題にはなりません。しかし、風邪を引いてしまったときに、抵抗力があれば数日休めば完治するものも、抵抗力がないばかりに重症になることがあります。同じように、生活のなかで困ったことがなければ、孤独であることは問題にならないかもしれません。しかし、病気、失職、家族との離別といった事態が起こったとき、孤独な状況であるために、それらを適切に乗り越えることができず、苦境に陥ってしまう方がいるのです。
本稿でも紹介しているとおり、日本人の2人に1人が孤独を感じています。様々なことが困難である現代において、孤独によってその困難さが増してしまう人を、できる限り減らすこと。それが、私たちが目指す安心・安全な社会にとって必要なことです。
東京海上研究所 主任研究員 岡本卓郎
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*1ヴィヴェック・H・マーシー, 孤独の本質 つながりの力 見過ごされてきた「健康課題」を解き明かす, 樋口武志訳, 英治出版, 2023, 40-42頁.
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*2Holt-Lunstad J, Smith TB, Layton JB, Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review, PLoS Med 7(7), 2010: e1000316.
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*3Holt-Lunstad J, Smith TB, Baker, M., Harris, T., & Stephenson, D, Loneliness and Social Isolation as Risk Factors for Mortality: A Meta-Analytic Review, Perspectives on Psychological Science, 10(2), 2015, 227-237.
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*4Julie Christiansen, Rikke Lund, Pamela Qualter, Christina Maar Andersen, Susanne S Pedersen, Mathias Lasgaard, Loneliness, Social Isolation, and Chronic Disease Outcomes, Annals of Behavioral Medicine, Volume 55, Issue 3, 2021, 203–215.
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*5Naomi I. Eisenberger et al, Does Rejection Hurt? An fMRI Study of Social Exclusion, Science 302, 2003, 290-292.
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*6ヴィヴェック・H・マーシー, 孤独の本質 つながりの力 見過ごされてきた「健康課題」を解き明かす, 樋口武志訳, 英治出版, 2023, 67-71頁.
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*7Steven W. Cole, John P. Capitanio, Katie Chun, Jesusa M. G. Arevalo, Jeffrey Ma, and John T. Cacioppo, Myeloid differentiation architecture of leukocyte transcriptome dynamics in perceived social isolation, Proceedings of the National Academy of Sciences112, no.49, 2015: 15142-47.
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*8Louise C. Hawkley, John T. Cacioppo, Loneliness Matters: A Theoretical and Empirical Review of Consequences and Mechanisms, Annals of Behavioral Medicine, Volume 40, Issue 2, 2010, 218-227.
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*9内閣府, 孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和5年人々のつながりに関する基礎調査), 2024, 参照 2024-10-04.いずれも間接質問に対する回答.
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*10日本少額短期保険協会, 第8回孤独死現状レポート, 2024, 参照 2024-10-04.
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*11Ridilover Journal, 「もう対応が追いつかない」深刻化する「孤独・孤立」と向き合う3人の提言, 2022, 参照 2024-10-04.
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*12国立社会保障・人口問題研究所, 日本の世帯数の将来推計(全国推計)令和6年推計, 2024, 参照 2024-10-04.
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*13明治安田総合研究所 調査 REPORT, 「孤独・孤立対策担当大臣」取組みの方向性~府省を横串で取りまとめる「子ども庁」創設へ~, 参照 2024-10-15.
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*14内閣府 第3回孤独・孤立対策に関する有識者会議, 資料 2-1:孤独・孤立対策の重点計画に盛り込まれた各省の施策の取組状況, 参照 2024-10-15.
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*15内閣府 第5回孤独・孤立対策に関する有識者会議, 参考資料 1:「孤独・孤立対策の重点計画」に関する主な論点及び主な御意見, 参照 2024-10-15.
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*16エリック・クリネンバーグ, 集まれる場所が必要だ 孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学, 藤原朝子訳, 英治出版, 2021.
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*17湯上千春, 『HEAT WAVE』に学ぶシカゴ熱波による犠牲者と地域社会との繋がりの視点, 地域社会学会年報第 25 集, 2013.
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