デジタル変革と知的財産権侵害リスクの増大

2023年3月31日

オンラインビジネスモデルへの移行を加速させている小売や銀行など業界では、やっかいな問題が起こりつつあります。無形資産のポートフォリオが拡大することで、知的財産権(IP)の侵害に関する訴訟が増加すると予想されているのです。

Tokio Marine Kilnの知的財産権の専門家であるAoife WoulfeとEllie Webbが、この問題が何を意味するのか、そして拡大するリスクを軽減するために保険がどのように企業をサポートできるのかを探ります。

Aoife Woulfe, Head of Intellectual Property, Tokio Marine Kiln (左) and Ellie Webb, Underwriter Intellectual Property, Tokio Marine Kiln (右)

経済的な逆風が強まる中、テクノロジー企業は自社の知的財産権を最大限活用しようと模索しています。特許や商標の保護を強化するとともに、権利侵害に対する追及姿勢を強めているのです。こうした状況は過去にもありました。2008年の金融危機後、2010年から2013年の間に、米国の裁判所に提起された特許侵害の訴訟件数は倍増しました。

これまでソフトウェア開発企業が訴訟を起こす対象は主に直接的な競合他社でしたが、現在彼らが取り組んでいる知的財産権保護のアプローチはもっと積極的です。監視対象の範囲を広げ、特に他のセクターが事業を拡大・発展させるために活用している技術に目を光らせています。

近年、企業がオンライン事業に多額の投資をしてきたことで、権利侵害に関する潜在的な訴訟リスクが増大しているのです。

事業基盤の有形資産から無形資産への移行

米国の銀行支店数は21年に過去最大となる2,927店の減少となりました。これは前年の2,126店の減少に比べ、減少数が38%増加しています。2014年から2021年の間に米国の銀行支店数は累計で14,855店も減少しました。

消費者はデジタルソリューションに目を向けており、銀行は業務の近代化とコストの最小化を追求しています。こうした傾向は世界中のあらゆる業界で繰り広げられています。小売セクターでも同様に大きな変化が起こっています。英国では店舗の閉鎖が新規出店数を大きく上回り、2020年と2021年には19,936店が大通りや商業施設、ショッピングモールから姿を消しました。このような動きが世界中で展開されています。

企業は実店舗の数を減らし、オンライン事業を急速に発展させています。新型コロナは、このような企業のデジタル移行の加速に伴う無形資産拡大のスピードを早めることにつながりました。

知的財産権侵害訴訟が増大する恐れ

銀行や小売業者はオンライン機能の開発に多くの時間と資金、リソースを費やしており、最新の機能を洗練された顧客体験とともに提供するという大きな課題を抱えています。

こうした急速な進化は、常にお客様に提供する商品やサービスの改良・改善の手を緩めれば、競合他社や続々と増える革新的な新規参入者に追い越されてしまう恐れがあることを意味しています。企業はオンライン業務の進化に向け必要なIT機能の実現をサポートしてもらうべく、時には数百社ものサプライヤと協働することがあります。銀行や小売業者は多くの場合、自社で開発した技術を使用するのではなく、サードパーティが提供する技術に依存しており、さまざまな契約を結んでこれらの技術を活用します。

しかし膨大な数の技術特許が存在し、各特許の保護対象を正確に判断するには複雑かつ技術的な検討が必要なことから、企業が知らぬ間に特許を侵害してしまうことはよくあることです。

こうした特許侵害のリスクは、組織がデジタル機能を開発するスピードが早いほど、同時実行している開発プログラムの数が多いほど高まります。

自社の知的財産権が侵害されていると判断した企業は、損害賠償だけでなく、それらの技術に関するライセンス料や今後の使用料を請求してくるかもしれません。

そして特許侵害で訴えられた企業は、すぐに費用のかかる複雑な法廷闘争に巻き込まれることになります。双方が合意に至るまでは係争中の技術は使用を中止しなければならないでしょう、そしてそれは現在の業務や開発計画に大きく影響しかねません。

実際の事例

最近の事例としては、United Services Automobile Association(USAA)が、モバイル機器を使用したリモート環境で小切手の支払を可能にする技術について、自社が保有する特許に関連する多くの訴訟を起こし、人々の注目を集めました。

USAAは大手銀行2行に対し複数の訴訟を起こし、5億ドル以上もの損害賠償金を手に入れました。さらに最近の2022年7月29日には、小切手入金技術に関しても再び訴訟を起こしました。

銀行のオンライン商品やサービスには何百社ものソフトウェアサプライヤが絡んでいる可能性があるため、どこで特許侵害の問題が発生するのか、その訴えが妥当なものか、そして、解決までにどれだけの費用と期間を要するのかを予測することは極めて困難です。

テクノロジーへの依存が一層高まっている銀行業界や小売業界は、こうした特許侵害で訴えられる脅威が高まっています。たとえデューデリジェンスを徹底したとしても、特許がどのように適用されるかは解釈によって大きく異なることがあるので、特許侵害で告発される可能性は依然として残ります。

また企業が投機的な思惑に基づいて訴訟を起こす例もあります。こうしたケースでは、訴えに根拠がなくても対抗するために費用がかかります。

保険市場の役割*

保険市場では保険契約者の置かれた状況や具体的なニーズに応じて、経済的かつ実用的なサポートを提供できるよう幅広い商品が開発されてきました。

一般的に知的財産権保険は、弁護費用およびそれに続く損害賠償金や和解金の支払を補償します。さらに保険会社は通常、危機管理支援など付加サービスへのアクセスも提供しています。

また、特殊で複雑な法律分野に対応できる専門の弁護人が必要となるため、弁護費用だけで数百万ドルになることもあります。そしてUSAAの訴訟事例からも分かるように、和解金は数億ドルにのぼる可能性があります。

現状では、銀行業界や小売業界で知的財産権侵害訴訟の中心に立たされているのは最大手の企業です。多くの企業が事業を守る手段として、保険を検討しています。

そして、既にこの問題は中堅・中小企業にも押し寄せています。中堅・中小企業はこうした特許侵害に関する訴訟に対処するだけの資金や経営資源が不足しています。

企業が無形資産のポートフォリオを継続的に成長させ、さらに事業のオンライン化を成功させることができるかどうかは、特許侵害に関する訴訟にさらされる可能性があることをよく理解し、そのリスクをいかに軽減できるかにかかっています。

  • *主に欧米の保険市場を想定した記載です。保険商品に関する記載を含め、日本国内その他の市場においてはこれらと状況が異なる可能性がありますので、ご注意ください。