社外役員インタビュー

2023年8月

重要イシューに対する取締役会の貢献と更なる企業価値向上に向けた課題とは

(左)取締役会長 永野 毅
東京海上火災保険株式会社に入社以来、主に国内外の保険営業や経営企画、商品企画業務に従事した後、同社および当社の取締役社長および取締役会長を歴任。

(中)社外取締役 片野坂 真哉
全日本空輸株式会社に入社後、同社人事部長、ANAホールディングス株式会社代表取締役社長を経て、現在は同社代表取締役会長。2020年6月より当社取締役に就任。

(右)社外取締役 遠藤 信博
日本電気株式会社に入社後、同社モバイルワイヤレス事業部長、代表取締役執行役員社長、代表取締役会長を経て、現在は同社特別顧問。2019年6月より当社取締役に就任。

重要イシューに対する取締役会の貢献

Q台湾コロナ損失は2022年度の大きなイシューとなりましたが、取締役会における議論はどのようなものでしたか。
事務局
2022年8月に公表した、当社台湾JVにおけるコロナ損失は大きなサプライズとなり、当初、資本市場からは「本当に増資に応じる必要があるのか」、「他の中小・マイナー拠点でも同様の問題は生じないのか」といった厳しい声が寄せられました。その中で、資本市場からは「取締役会における議論の内容」について高い感心が寄せられています。
永野
まずは、本件に関しまして資本市場の皆様にご心配をお掛けいたしましたことを、取締役会議長としてお詫び申し上げます。これまでも執行からご説明してきました通り、本件は台湾におけるゼロコロナ政策がウィズコロナ政策へ変更されたことによって起きた、台湾マーケット全体のイベントではありますが、当社持分ベースの損失は約▲1,000億円と、その規模からも経営として重く受け止めています。
片野坂
私は2023年5月のIR説明会に登壇しましたが、その際、アナリストの方から本件に関するご質問を直接頂戴しました。ご質問は「当時マイノリティだった当社に債務超過を埋める法的義務はない中で、当社取締役会が増資を決断した理由」を問うもので、次のようにお答えいたしました。
  • 増資のうち「保険金の支払いに充当する部分」は、保険会社として「保険金をお支払いすること、そのために応分の負担をすることは責務だ」と取締役会としても考えており、グローバルなレピュテーションも考慮して判断したこと
  • また、「今後の台湾マーケットの成長を獲得するための部分」については、詳細な数値やFactに基づき、台湾マーケットの将来性、その中での台湾JVの成長戦略などの観点で議論を行い、これまで当社が実行してきた他のM&A案件と比較しても、遜色のない経済合理性が認められると評価したこと
永野
本件に関しましては、計5回の取締役会において、十分な情報共有と議論を行いました。その中でも特に時間をかけたのは、片野坂さんからご説明いただいた増資判断は勿論のこと、真因の把握や、それを踏まえた台湾JVの成長戦略、グループレベルの態勢強化に関するものです。社外役員の皆様からは、海外子会社のマネジメントから地政学リスクに至るまで、様々な角度から厳しいご指摘や大変有益なアドバイスを数多くいただきました。
私が日ごろから心掛けていることですが、恥ずかしいことも含め包み隠さず社外役員の皆様にオープンにした上で、侃々諤々の議論を行うこと。本件につきましても、それを実践したことで、真因の特定から、増資・メジャーシェア取得、その後の態勢強化策の策定に至るまで、正しい経営判断ができたように思います。
遠藤
今回のように何か問題が生じた際に陥りがちなのが、現地トップマネジメントを本社サイドの人間でガチガチに固めるという発想です。リスク管理の高度化や本社へのレポート強化を含め、本社の人間を現地に置く価値を否定するものではありませんが、現地の状況を完全に理解し、場合によっては利害関係者と厳しい交渉をするためにも、ローカル人材は必ず必要になってくることを理解しておく必要があります。その点当社は、メジャーシェアを取得後、取締役会議長は当然の措置として、リスク管理のエキスパートを東京からCROとして派遣しましたが、社長は、現地の保険マーケットに精通したローカル人材を充てた。正しい判断だと思います。
また、感染症然り、自然災害然り、今回のようなマーケットイベントは世界各地どこでも起きうる訳で、今回のLessons Learnedを活かすという観点で、中小・マイナー拠点におけるERM経営の高度化に向けた取組みが、グローバルベースで加速していることも評価に値します。
片野坂
私からは、「現地パートナー企業とのカルチャーフィット強化に向けて、トップ同士のより密なコミュニケーションと現場の風土改革が、このような時こそ重要」である旨をアドバイス申し上げました。東京海上グループのパーパスの下に、現場第一線とトップマネジメントが、そしてパートナー企業と当社が、より強固に結び付き、ピンチをチャンスに変えていく必要があると考えます。
実際、本件に関し、CEOの小宮さんが直接現地を訪問し、パートナー企業のトップとひざ詰めでコミュニケーションを深められたことは、今後に向けて非常にポジティブなアクションだったと思います。
永野
おっしゃる通り、中小・マイナー拠点であっても、カルチャー浸透に向けた取組みを絶やさずに行っていくことは本当に大切なことだと思います。
片野坂
その他にも、いくつか質問や問題提起を差し上げました。例えば、「政治・民族など様々な課題がモザイク状に入り込むアジア地域においては、当社事業に直接関連する領域にとどまらない広範なインテリジェンスの向上が不可欠」といったことです。
遠藤
私も同意見で、今後、台湾JVを継続的に発展させていくためには、コロナ政策の変更といった見通しの難しい変化についてもしっかりと捕捉し、それを踏まえた戦略を構築できるように進化しなければならないと考えます。
永野
本件に関しましてはハイレベルな見地からご助言・ご判断をいただき、改めて社外役員の皆様には感謝しています。ただし、真に重要なことは、これからの「実行フェーズ」です。風土改革やインテリジェンスの高度化も含め、台湾JVの持続的な成長に向けて、しっかりと取組みを進めてまいります。社外役員の皆様におかれましては、執行からの状況報告を受けながら、引き続き忖度なきご判断を頂戴できればと考えています。
Q当社は、2023年5月に政策株式の売却加速を公表しましたが、取締役会ではどのような議論がありましたか。
事務局
当社は、コーポレートガバナンス・コードが整備される以前から、政策株式削減を経営の重要課題と位置付け、2002年度以降20年に亘り政策株式の売却を進めてまいりました。2022年5月には方針改定を行い「売却をし続ける」と宣言。その後、2022年11月には売却ペースの加速を、2023年5月には、その更なる前倒し(2023~2026年度の4年で6,000億円以上)を公表し、資本市場からも評価を得ています。
一方で、政策株式の保有額が、純資産の一定水準以上の場合に、経営トップの選任に対して反対とする株主もおられるなど、政策株式については様々な意見がある中で、「当社の政策株式削減に向けた姿勢・取組みに関する評価」や、「取締役会における議論」について、教えてください。
片野坂
事務局からご説明の通り、当社は、政策株式の売却に関して、投資家の期待に応える打ち手を次々と講じてきました。この方針・方向性に対して、各取締役も異論なく賛成しています。当社は、私が会長を務めるANAホールディングス株式も保有している訳ですが、私自身、売却加速は正しい方向性と考えておりますので、勿論ANA株式も例外ではございません。
その上で、取締役会では、「方針改定の是非」のみならず、「売却加速の実現可能性」について、多くの議論が取り交わされました。具体的には、「新方針がお客様企業に与える影響はどうか」、「取引関係を損ねず削減交渉をしていくために、対外的にどういうメッセージを打ち出すのが相応しいか」、「売却交渉にあたる営業部は相当な苦労をするのではないか」といったことです。
普段厳しい社外役員の方々が、執行サイドに寄り添ったコメントを多くされていたことに少し違和感を覚えたほどです(笑)。
遠藤
その一人が私ですね(笑)。ビジネスにおいて最も重要なことは、ステークホルダー間のバランスです。削減は大前提としながらも、株価への影響を懸念するお客様には、時間軸を持って売却を進めるなど、なるべく丁寧に相手先の要望を聞き、できる限りそれに沿った対応を行うよう努めるべきです。
永野
私がCEO時代、投資家との対話の中で「他社の株式リスクを取るかどうかは自分たちが判断するので、御社には保険本業のリスクテイクを頑張ってほしい」と言われたことを思い出しました。遠藤さんのおっしゃるお客様の考え方も、こうした投資家様の考え方も、私たちが否定できるものではありません。遠藤さんのおっしゃる通り、ステークホルダーの皆様のお考えをよく聞き、丁寧な対話を継続しながら、一歩一歩確実に売却を進めていくしかないと考えています。
片野坂
2022年10月の社内会議(部店長会議)では、売却交渉など日々の実務を担う営業部店長に対して、担当役員から感謝の意が表されていました。現場は大変だと思いますが、役員が評価してくれているという安心感を持ちながら取り組んでいけると思います。
遠藤
政策株式の売却にあたり、もうひとつ重要なことは、売却により得られた資本・資金をどのように活用していくかという点です。
永野
取締役会や戦略論議でも何度も議論していることですね。まさにおっしゃる通りです。これまで当社は、政策株式の売却を通じて創出した資本・資金を海外M&Aに充て、株式のリスクを、国内損保とは相関の低い海外保険リスクに入れ替えることで、「グローバルなリスク分散と持続的な利益成長」を実現してまいりました。資本・資金の活用先として、「海外M&A」が今後も候補のひとつとしてあり続けることは言うまでもありませんが、今後はこれに加え、「防災・減災など、パーパスの実現に資する、より資本効率の高いフィービジネス」や「人的・知的資本の強化」にもより一層活用していくことで、更なるリスク分散と持続的な利益成長を実現し、その結果としてお客様や株主の皆様への還元を拡大する。
当社は、当社の企業価値向上に向けてやるべきことをやっていくこと、言わば正道を歩んでいくことを、ステークホルダーの皆様にお示しし続けることが我々経営の責任だと考えています。

VUCAの時代、グローバル・カンパニーである当社が更に企業価値を向上させるための課題とは

事務局
当社は、パーパスを起点に、社会課題を解決、その結果として企業価値の向上を実現してまいりました。この戦略は今後も変わりませんが、社会課題が拡大・複雑化する時代において、グローバル・カンパニーである当社が「更に企業価値を向上させるために必要なこと(課題)」について、お考えをお聞かせください。
片野坂
当社の強みのひとつである「グローバルなリスク分散」は着実に進展しています。先ほど永野さんからもお話がありました通り、互いに相関の低い国内ビジネスと海外ビジネス双方を拡大することで、分散効果は2013年度の30%から10年間で47%にまで高まっています。また、赤字が続く国内火災保険についても、過去4年に亘るレートアップや商品の見直し、再保険のサイクルマネジメントなど、しっかりと総合的な打ち手を実行することができています。自然災害やコロナ等、想定を上回るリスクが顕在化する中にあっても、当社のリスクへの対応、スピード感は十分ではないでしょうか。
その上で、ひとつ問題提起させていただくとすれば、アメリカで起きている住宅向け火災保険の問題です。山火事の規模が拡大するカリフォルニア州から撤退する保険会社が増えています。また、ハリケーン被害が増えているフロリダ州の保険料が高騰した結果、保険に入れない、いわゆる「保険難民」も増えていると聞きます。
永野
保険には「社会インフラ」としての役割があります。さはさりながら、保険会社の経済的価値を損なうようではいずれ事業が立ち行かなくなり、結果として「社会インフラ」としての役割も果たせません。保険会社の「社会的価値」と「経済的価値」の双方を両立することの難しさが、このVUCAの時代に、我々に突き付けられています。
遠藤
非常に難しい問題ですが、ひとつの解決策は「データ」にあると考えています。先が見えないからVUCAなのであって、「データ」の力で真因を見極め、先を見通せるようにすればいい。この「先を見通す力」こそがVUCAから逃れるポイントです。また、保険ビジネスは突き詰めて考えれば、人間相手のビジネスです。国や地域によって状況が異なることは勿論ありますが、世界共通のことも多くあるはずです。従いまして、産学連携含め、グローバルベースでデータを蓄積し、それを分析する体制・能力を、これまで以上に強化し、お客様や地域社会の“いざ”をグローバルに守り続けてほしいと思います。
当社は、こうした保険本業の強化に加え、防災・減災や未病・予防、早期復旧や再発防止、といった、保険事故の「事前と事後」の領域にビジネスを拡大していく方針ですが、その領域においても「データ」はキーサクセスファクターになると考えています。
永野
その通りです。当社はパーパス実現のために、伝統的な保険事業の枠を超え、保険事故の「事前と事後」の領域に進出しようとしていますが、これは、世界中のどの保険会社も手を出していない未知の領域です。その中で新しい価値を生み出すためには、遠藤さんのおっしゃる「データ」に加え、「人材の多様性」が欠かせないと考えています。当社の戦略、向かおうとしている先に、人材戦略をどうマッチングさせるかが、今後の重要な課題だと認識しています。
遠藤
年齢・性別・国籍・障がいの有無など、様々な違いを受け入れ、議論し、「議論の多様性」を活かすことがイノベーションの創出には欠かせません。また、こういった「多様性」を活かしきるためには、「個の主体性」を尊重する文化や、「個の主体性」を評価する人事制度の構築に、より一層力を入れた方が良いと思います。
片野坂
「個の主体性」は、言い換えれば「会社や社長に“違う”と言える尖った人」ということですね。永野さんはどんな社員でしたか。
永野
そう言われてみれば少し「尖って」いたかもしれませんね(笑)。米PHLYを2008年に買収した際、当時社長の隅から、経営企画担当役員として本ディールを担当するよう内示を受けました。その際、このディールに対して、「サブプライム問題のさなかに5,000億円のディールはさすがにリスキー。むしろ足元を固めるべき時期ではないですか」と意見を申し上げたのです。最終的に私は隅に説得され、やるからには自分の役割をしっかり果たそうと、カルチャーフィットを重視したPMIに邁進しました。そして、買収の成果は皆様ご承知のとおり。TMKに続く大型M&A2件目の成功例になった訳です。
遠藤
結果だけ見てしまうと「隅さんが正しかった」となるかもしれませんが、この議論で重要なことは、「個が、誰に対しても、例え社長であっても、思ったことを言える環境ですか」ということです。言い換えれば、「多様性」を最大限活かすためには、「失敗や間違いを許容する文化が大切だ」ということです。「失敗をしてもそれはしょうがない」と誰もが思えるような大きくて難しい仕事をどんどん若手に任せていっていただきたいと思いますし、永野さんのような「尖り」を彼らにしっかりと受け継いでいっていただきたいと思います。
永野
私はグローバル経営の要諦は、「多様性」と「カルチャー」にあると考えています。
まず、「多様性」をビジネスの中にもっともっと取り込み、新しい価値を生み出す。例えば、2022年度は、被買収会社のトップ2名を新たに副社長に据え、グループレベルでの参画と活躍を求めることとしました。彼らとCEOの小宮を始めとする日本人C-suiteが、週に2回程度グループ全体の主要課題について議論を交わしています。
ただし、「多様性」を取り込めば取り込むほど、メンバーの向かう方向がひとつに定まりづらくなる。
そこで、「カルチャー」の浸透により、多様性剏れるメンバーをひとつのチームとして結び付ける。
こうした当社の「グローバルなグループ一体経営」は今年で8年目を迎え、当社にとってベストなものに進化してきたと考えています。しかしながら、今後も、時代の変化に合わせて、そして当社が向かおうとする先に合わせて、しなやかな進化を続けてほしいと考えています。
永野
当社の取締役会・監査役会は2023年7月から新体制が発足しました。外国人を含む3名の社外取締役と1名の社外監査役を新たにお迎えし、総勢20名、社内役員と社外役員はちょうど半々となります。そして、片野坂さんには指名委員会委員長を、遠藤さんには報酬委員会委員長を担っていただきます。
これまでお話ししてきましたように、VUCAの時代、勿論、取締役会で取り扱う議論の中身はその時々によって変わりますが、当社の取締役会の役割はいつの時代も変わりません。
それはすなわち、ステークホルダーの皆様の代弁者として、「当社は、事業活動を通じて社会課題を解決し、その結果を持続的な企業価値向上に繋げているか?」、「当社は、パーパスの実現を通じて、事業を、そして社会を未来に導いているか?」という問いに答えを出す最後の砦。
パーパスの実現・企業価値向上の実現に向けて、今までも、そしてこれからも骨太の議論を続けてまいります。
事務局
本日はお忙しい中、ありがとうございました。