もし首都圏で大規模な水害が起きたら?【前編】 ~固有の課題を理解し、安全に避難するためには
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※この記事は東京海上研究所が発行する「SENSOR」を転載したものです。
水害の避難と言えば、小学校や公民館などの近所の避難所に避難するものというイメージを持っていませんか?首都圏で大規模な水害が発生した時は、このような避難行動では安全に避難することができない可能性があります。
今回は前編と後編に分けてお届けします。前編では主に首都圏大規模水害が発生した時の避難行動の課題をお伝えし、後編では必要な対策をお伝えします。首都圏在住の方だけでなく、似た問題を抱える大阪や名古屋などの大都市在住の方にも参考にしていただけます。
1. 浸水特性と膨大な人口が避難を難しくする
首都圏では幸いなことに、1947年のカスリーン台風以来大規模な水害が発生していません。
しかし、今後もし発生すれば、浸水の特性や膨大な人口によって、他の地域とは異なる避難行動が必要になります。
図-1は首都圏大規模水害時に浸水が予想されている、江東5区(墨田区、江東区、足立区、葛飾区、江戸川区)のハザードマップです。他の地域と比較して、浸水が深く、浸水継続期間が長く、浸水域が広いことが特徴です。また、江東5区の人口は255万人*1と膨大であり、9割以上の住民が浸水域に暮らしています*2。これらの理由から、首都圏大規模水害時の避難行動には、多くの課題があるのです。
2. 首都圏大規模水害時の避難行動は何が課題なのか
まず、浸水が深いということは、特に戸建て住宅や共同住宅の低層階に住む住民の場合、自宅から離れる立ち退き避難が必要になることを意味します。「避難」は「難を逃れる」ことであり、自宅が一番安全であれば自宅の外に避難する必要はないのですが、江東5区では多くの住宅が2階まで浸水するため、自宅にとどまることができない住民も多いのです。では、居室が浸水する可能性が低い、高層階の住民は自宅にとどまっても問題ないのでしょうか。
下記は、立ち退き避難せずに自宅にとどまった場合のその後の生活のイメージ*3です。
自宅では、台風シーズンは蒸し暑く、衛生的にも精神的にも大きな負担となります。
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洗濯ができない
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冷蔵庫の中身が腐る
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携帯電話、テレビが使用できない
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エレベーターが停止する
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おなかをこわす
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のどが渇いても水が出ない
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暑くてもエアコンが使用できず、熱中症になる
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トイレが流せない
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病院に行けず、処方薬が尽きる
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ゴミが出せず、溜まり続ける
大規模な水害が発生すると、電気、ガス、水道が止まりますので、普段通りの生活を送ることはできません。水害が発生する時期は暑い時期が多いですが、エアコンを使うこともできませんし、トイレの水を流すこともできません。1日~2日程度であれば耐えることができても、それ以上は難しいと考えられます。一方で、江東5区には2週間以上浸水が継続する地域が多くあります。
もちろん、人口が膨大であるため、迅速な救助は期待できません。
では、近所の避難所に避難する場合はどうでしょうか。残念ながら江東5区では多くの避難所が水没してしまい、収容可能人数は合計で17万人程度と推定されています。一方で、立ち退き避難が必要な住民は178万人にのぼり、優先的に避難が必要な高齢者等の在宅移動困難者とその付き添い者だけでも62万人と推定されています*1。避難所に行っても、利用できる可能性は非常に低いのです。
ここまでのポイントは、(1)戸建て住宅の住民の多くは立ち退き避難が必要になる(2)浸水しない高層階の住民も日常生活が困難な期間が長期化する(3)避難所のキャパシティが全く足りない、の3点です。このため、首都圏大規模水害時には、行政界を超えて他の区や県まで避難する「広域避難」が必要になります。
3. 広域避難も簡単ではない
しかし、残念ながら広域避難も簡単ではありません。対象者が膨大であることから、氾濫の可能性が高まった段階で避難を開始すると、大混雑が発生します。
鉄道避難の場合、駅が大混雑し、なかなか電車に乗れません。その間に鉄道が運休し、避難できなくなってしまう可能性もあります。また、徒歩避難の場合、橋梁や交差点がボトルネックになり、やはり大混雑が発生します。このような状況では群衆なだれが発生する可能性があり、非常に危険です。命を守る最善の行動を各住民がとろうとすると、他の避難者が障害になってしまうという状況が発生するのです。
安全に避難するためには早期に避難を開始する必要があります。図-2は通常の避難と広域避難のタイミングの違いを表したものです。場合によってはまだ晴れているうちから避難する必要がありますが、仕事や学校など予定もある中で、それほど簡単ではありません。また、気象予測の精度には限界がありますので、早めに避難を開始すればそれだけ空振りの可能性も高まります。
さらに、早期に避難したとしても、まだ問題が残ります。現時点では、膨大な広域避難者を収容できる場所を、周辺自治体が確保できる見込みが立っていないのです。江東5区から周辺自治体に無事に避難できたとしても、安全な建物の中に入れない可能性があるのです。
4. 最後に
前編はひたすら問題の指摘ばかりになってしまいましたが、首都圏大規模水害の避難行動は通常の水害とは異なり、難題が山積していることを理解していただけたと思います。後編では、首都圏大規模水害時にどのように避難したらよいか、企業にできることは何かをお伝えする予定です。後編もどうぞご期待ください。
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*1内閣府 洪水・高潮氾濫からの大規模・広域避難検討ワーキンググループ:洪水・高潮氾濫からの大規模・広域避難に関する定量的な算出方法と江東5区における具体的な検討例,2018.
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*2江東区 江東5区広域避難推進協議会:江東5区大規模水害ハザードマップ,2018.
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*3江戸川区 自宅にとどまった場合のその後の生活のイメージ.『江戸川区水害ハザードマップ(本編)』より弊社作成