「介護は個人の悩みではなく、経営の課題だ」9兆円の経済損失を防ぐために、データと現場力が融合した「両立支援」の未来
- 社会課題・高度化社会
「ワーキングケアラー」や「ビジネスケアラー」と呼ばれる、働きながら介護を担う家族介護者の数は、2030年には約318万人に上り、経済産業省の試算によれば、介護離職や労働生産性低下による経済損失は約9兆円を超える*1とされています。働き盛りの社員が直面する「仕事と介護の両立」は、もはや個人の事情ではなく、企業の持続的成長を左右する経営課題といえます。
この課題に対し、NTTデータグループの新会社であるNTTデータ ライフデザインは2025年10月、介護者(ケアラー)自身を支援する(ケアする)という思いを込めた新サービス「ケアラケア」の提供開始と東京海上日動との資本業務提携を発表しました。なぜ両社は、単なる業務提携ではなく「資本」を伴う強固なパートナーシップを選んだのか。社長として新会社を率いる濱口雅史氏と、執行役員の楠谷勝に話を聞きました。
なぜ「業務提携」ではなく「資本提携」だったのか
── まず、 今回の新会社設立と資本提携の経緯から聞かせてください。
当社はITサービス企業として多くのお客様にシステムを提供してきましたが、日本のITインフラは各所でサイロ化*2しており、生活者の視点で見るとサービスが一元的に繋がっていないという課題がありました。『ケアラケア』は、介護に関わるさまざまな企業や地域をつなぎ、必要な方に適切なサービスを届けることを目指しています。この壮大な社会実装は、一社の力だけでは実現できません。だからこそ、多様なパートナーが参画しやすいエコシステムを築くために、あえて本体から切り離して独立した新会社を設立し、東京海上日動さんからの資本を受け入れる形を選びました。
我々は日常的に数多くの業務提携を結んでいますが、今回のように資本にまで踏み込むケースは稀です。その決断に至った最大の理由は、介護という極めて困難な社会課題に対し、NTTデータグループの経営陣が本気で向き合おうとしているその覚悟に強く共鳴したからです。我々としても、この『ケアラケア』を多数あるソリューションの1つ(ワン・オブ・ゼム)ではなく、保険会社自身が本気で取り組むコア事業として世の中に広めていこうと考えています。資本提携には、その強い意志を社会やパートナー企業に示すという意味合いも込められています。
新会社設立と資本業務提携の記者発表会を開催
2025年10月、NTTデータ ライフデザインの設立にあたり、NTTデータ、NTTデータ ライフデザイン、東京海上日動の3社で記者発表会を開催しました。NTTデータ社長の鈴木氏、濱口氏、東京海上日動火災保険社長の城田が登壇し、資本業務提携の背景と新会社の事業方針を説明。「2030年度までに個人会員30万人・導入企業500社を獲得し、売上高100億円を目指す」という計画を明らかにしました。
経営者が見落としている「7.9兆円の損失」——隠れワーキングケアラーという社会課題
── 経済産業省は2030年のワーキングケアラーによる経済損失を9.2兆円と試算しています。しかし、その内訳を正確に把握している経営者は多くないのではないでしょうか。
9.2兆円という損失の中で、多くの経営者は「介護離職によるコスト(約1兆円)」をリスク視しています。しかし真の課題は、働きながら悩みを抱える層のパフォーマンス低下、いわゆる「プレゼンティーイズム」による約7.9兆円もの見えない損失です。
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※出典:「第1回 企業経営と介護両立支援に関する検討 本検討会の開催趣旨について」(2023年11月6日経済産業省)
ワーキングケアラーの当事者の多くは40代・50代の中核人材であり、責任感や周囲への気遣いから、介護を行っていることを言い出せず、隠しながら働き続けています。NTTグループ内で行った実態調査でも、会社によっては全従業員の10%近くがワーキングケアラーだったという結果が出ました。大変な状況の中で、周囲に気遣いながら頑張っている方が実はたくさんいるのです。まずはこの「見えない経営リスク」を可視化し、企業として正しく現状を把握することが不可欠です。
もはや、介護支援を単なる「福利厚生のコスト」として捉えるフェーズは終わりました。現在のワーキングケアラー支援は、企業価値を高める「人的資本への投資」であり、優秀な中核人材が安心して働き続けられる環境を整える経営戦略そのものです。都市部における優秀な人材の他社への流出リスクや、地方における就労人口そのものの減少といった社会課題を鑑みても、企業がこの問題に本気で向き合うことの意義は極めて大きいと言えます。介護状態になる手前の段階から、企業としていかに「プレワーク(事前の備え)」を促せるかが問われています。
実態把握から個別伴走まで、『ケアラケア』が目指す一気通貫の支援
── 『ケアラケア』と、他の介護支援サービスとの最大の違いはどこにあるのでしょうか。
『ケアラケア』の最大の特長は、企業が従業員の実態を把握したうえで支援制度を整えるお手伝いをする「企業向けサービス」と、従業員が民間サービスを適切に活用できるよう伴走する「個人向けサービス」を一体的に提供しているところにあります。
例えば、ワーキングケアラーの親御さんが介護認定前の「要支援」レベルに留まるケースでは、公的サービスで受けられるサポートはそれほど多くありません。そのため、家族が自力で地域の事業者を調べ上げ、親に合う支援先を見極めていかなくてはならず、その労力は想像を絶します。
だからこそ『ケアラケア』では、「企業向けサービス」の中で実施する調査で「特に負担が重い」とわかった社員に対して、「ケアライフデザイナー」と呼ばれる介護専門員が、ワーキングケアラーの負担を軽減するための解決策を提案します。そして、「個人向けサービス」として提供される見守りや家事代行、通院付き添いなど、ワーキングケアラーに代わって実行してくれる各種サービスをパートナー企業と連携し、提供できる体制を整えています。
各種サービスの提供により得られたデータは、将来的には「データ連携基盤」によってつなぎ、認知症の早期発見や、最適なサービス提案へと発展させていく構想です。
東京海上日動が資本参加することで生まれるシナジーは、大きく2つあります。1つは「現場の知見」の還元です。我々のグループ会社である東京海上日動ベターライフサービスは、施設介護や訪問介護の現場で長年の経験と知見を蓄積してきました。このリアルな現場感覚を『ケアラケア』のサービス開発に注入することで、単なるデジタルツールだけでは拾い切れない、介護ならではの「機微な悩みへの支援」が可能になります。
もう1つは、保険会社本来の強みである「金銭的補償」との組み合わせです。介護が始まると、初期費用だけでなく継続的な費用も重くのしかかります。親御さんが要介護状態になった際に保険金が出る団体保険制度や、従業員が長期休業を余儀なくされた際の所得補償保険(GLTD)など、『ケアラケア』と保険を連動させた包括的な支援体制を構築します。「サービスで日常の悩みを解決し、保険で経済的なリスクをカバーする」——これこそが、我々ならではのアプローチです。
自ら実証してわかった、従業員が本当に求めている「介護支援」の形
── NTTグループ内で先行導入した手応えを聞かせてください。
自ら実験台となる「Client Zero」の発想で、まずはNTTグループ企業10社超に先行導入しました。そこで浮き彫りになったのは、予想を上回るワーキングケアラーの存在と、彼ら彼女らの切実な声です。通常の人事アンケートとは比較にならないほど回答率が高く、「調査をしてくれて本当に嬉しい」という声が、当事者だけでなく20代の若手からも多数寄せられました。従業員は職場への気遣いから悩みを言えないものの、本心では「会社に支えてほしい」と願っています。企業が実態を可視化し、この課題に真正面から向き合う姿勢を示すだけで、従業員の心理的安全性は劇的に高まることが実証されました。
── 各企業からの反響はいかがでしょうか。
現在、従業員2,000名以上の大企業を中心に、経営層や人事トップへ直接ご提案を重ねています。私たちがトップアプローチにこだわる理由は、この問題が現場のボトムアップだけでは解決しきれない経営課題だからです。経営者の方々と対話すると、単なる法改正への対応にとどまらず、都市部における優秀な人材の流出や、地方での深刻な人手不足といった「人材確保・定着」への強い危機感を感じます。しかし、介護支援は一朝一夕には進みません。だからこそ、NTTグループでの先行事例が裏付ける『ケアラケア』の実効性に高い関心が寄せられています。各社の状況に寄り添いながら、経営戦略としての両立支援を丁寧にリードしてまいります。
2030年、30万人のワーキングケアラーを救うために
── 最後に、2030年に向けた目標と、両社が描く社会実装の未来についてお聞かせください。
2030年度には「導入500社、利用者30万人、売上100億円」という目標を掲げています。その中で、私がもっとも重視しているのは「30万人のワーキングケアラーを救う」という数字です。今後、国内のワーキングケアラーは約300万人に上ると言われています。まずはそのうちの1割の方々をしっかり支えたいと考えています。売上100億円という目標は、あくまでその結果としてついてくるものです。
そしてもう1つ、デジタル技術の力で介護業界自体の労働環境を改善し、社会福祉のステータスを向上させたいという強い思いもあります。少子高齢化が進む中で、若い世代にとっても魅力的な業界へと変革していくことが、この事業の大きなビジョンです。
日本の公的介護保険は世界に類を見ない素晴らしい制度ですが、手前の「要支援段階」や保険外のソフトサービスにはまだ大きな課題が残されています。我々はまず『ケアラケア』を通じて企業内支援からスタートしますが、ゆくゆくは地域社会全体のウェルビーイング向上へと広げていきたいと考えています。さらに、課題先進国である日本で磨き上げたこの解決策モデルを、我々がローカル保険会社として根を張るアジアなどの地域にも展開していく構想を描いています。
── 現在、見えざる介護リスクに直面している、あるいはこれから向き合おうとしている経営者の方々へメッセージをお願いします。
まずは、経営トップ自らが「この問題に本気で向き合う」という力強いメッセージを発信してください。介護の実態を知らない経営層と、現場で悩みを抱えるワーキングケアラーとの間には、想像以上のギャップが存在します。トップが声を発し、会社としての姿勢を明確に示すこと。それが、従業員の心理的安心感を生み、すべての両立支援が機能し始める出発点になります。
『ケアラケア』は、ワーキングケアラーという複雑な社会課題にストレートに向き合うサービスです。介護問題は一企業だけで抱え込むには重すぎるテーマです。保険の枠を超えて、企業の経営課題解決まで伴走できるパートナーとして全力でサポートしていきます。
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※掲載内容は2026年3月取材時のものです。
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*2組織やシステムが孤立していて、情報共有や連携ができていない状態。農作物を貯蔵する「サイロ」が独立して建っている様子から転じた言葉
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