地方レジリエンス債が導く新たな資産運用の道筋。防災投資の先にある保険会社のリターンと社会的使命
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近年、激甚化・頻発化する自然災害により、全国各地で甚大な被害が発生している中、地域住民の安心・安全を確保するためには社会インフラを整備し、その機能を強化していくことが不可欠です。
高度経済成長期に建設された堤防や護岸などは老朽化が進んでおり、防災減災機能の改修工事に向けては、自治体での地方債発行などを通じた大規模な予算確保と長期的な投資・管理計画が必要となります。
そのような中、東京海上日動火災保険株式会社(以下、東京海上日動)は2025年、社会課題重点分野に掲げるレジリエンス分野での新たな取り組みとして、インフラ整備等で期待される自然災害の予防や被害の軽減効果も考慮して、水害対策事業を資金使途とする地方レジリエンス債への投資を開始しました。
本インタビューでは、三重県におけるレジリエンス債発行のプロジェクトを推進した、東京海上ホールディングス株式会社投資運用部 吉本真実と財務企画部 西山將己、そして三重県総務部財政課 永井崇郁氏にお話を伺いました。
レジリエンス債で資産運用と防災・減災を両立する
本プロジェクトで中心的な役割を果たしたのは、ともに入社6年目の西山と吉本です。
西山は財務企画部 調査グループに所属し、資産運用の計画立案やESG投資の推進を担当しています。また、吉本は投資運用部 グローバル債券投資グループのアシスタントマネージャーとして、実際に市場で地方債などの取引を行うフロント業務を担っています。
従来の地方債は、調達した資金が自治体の財源として広く活用されるため、具体的に何に使われるかまでは特定されていません。その一方で、「レジリエンス債」とは、自治体が発行する債券の中でも、調達した資金の使い道をあらかじめ防災・減災対策に限定したものを指します。
「資金が確実に水害対策に充てられることで、当社の投資が地域のリスク低減につながり、保険会社である私たちは将来の保険金支払いのコストを低減することが期待できます。そして、自治体様は通常よりも低い金利での資金調達ができるのです。当社と自治体様の双方にとって大きなメリットがある設計になっているというのが、レジリエンス債の大きな特徴です」と吉本は説明します。
2025年10月、東京海上日動は横浜市が発行する「浸水レジリエンス債」15億円と、三重県が発行する「みえグリーンボンド(水害レジリエンス枠)」20億円への投資を決定しました。
低金利でもレジリエンス債に投資する理由。将来の被害を未然に防ぐ、「使命」と「経済合理性」
通常、投資家は債券の「利回り」を重視して投資判断を行います。しかし、環境や防災に配慮したグリーンボンドなどの債券は、ESG投資の拡大に伴う投資家の需要もあり、一般的な債券よりも利回りが低くなる傾向があります。今回、発行が決まった三重県の「みえグリーンボンド(水害レジリエンス枠)」では、通常のグリーンボンドよりもさらに低い金利での債券発行が実現しました。
なぜ、あえて利回りの低い債券に投資をするのか。その背景には、損害保険会社である東京海上日動の使命があります。
「当社の使命は、『安心と安全』の提供を通じて、豊かで快適な社会生活と経済の発展に貢献することです。具体的に言えば、損害発生時の保険金での経済的補償はもちろんのこと、保険が発動する前の『未然防止・リスク低減』、保険金お支払い後の『早期復旧・再発防止』まで捉えて価値提供していく必要があります。今回の投資は、インフラ整備が災害事故の防止・軽減につながり、結果として中長期的な支払保険金の削減にも寄与するという視点に基づいています」と西山は語ります。
本来であれば、投資家はより高い利回りの社債などに投資をするのが一般的です。しかし今回は、長期的な視点に立ち、支払保険金を削減することで事業利益を底上げできるという定量シミュレーションをした上での合理的な判断として投資を決定しました。
その判断を支えたのが、東京海上日動に蓄積されたデータとノウハウです。
「社会貢献という文脈のみでは、機関投資家として、保険契約者や株主をはじめとするステークホルダーに対する説明責任を十分に果たせません。そのため、自治体が公表している治水事業の費用対効果などのデータに基づき、どれくらいの保険金削減効果が見込めるかを定量的にシミュレーションしました」と西山は語ります。
自治体との対話がスタート。投資の決め手は現場に
今回のプロジェクトは、2025年1月頃から本格的に始動しました。
投資先の選定にあたっては、東京海上日動が保有する水害リスクデータを活用し、対策の必要性が高い地域をリストアップすることから始めました。しかし、そこからの道のりは平坦ではありませんでした。
「データに基づいてリスクが高いと判断した自治体様にお声がけをしても、すべての反応が好意的だったわけではありません。自治体ごとの財政方針やその時点での優先順位の違いもあり、関心を示していただけないケースも少なくありませんでした」と西山は振り返ります。
自治体との対話を重ね、具体的に話が進んでいくなかで、西山と吉本は投資判断の最終段階として実際に現地へ足を運び、インフラ整備の現場を視察しています。吉本はその視察をこう振り返ります。
「三重県では、計画の総延長が100キロメートルを超える河川や海岸線の改修の現場を直接見させていただきました。具体的な浸水防止策が形作られていく工程を直接確認したことで、定量データだけでは捉えきれない部分を検証することができました」
自治体とはこれまでも共同して防災セミナーを開催したり、SDGsに関する協定を結ぶなど、さまざまな形での連携を行ってきました。今回の債券購入は、実際のインフラ整備への資金提供という、より踏み込んだ形での連携となり、自治体との関係性はより強固なものになっています。
三重県の最優先事項「県民の命と財産を自然災害から守る」
場所を津市にある三重県庁に移し、今回のプロジェクトを推進した三重県総務部 財政課 永井崇郁氏にお話を伺いました。
長年にわたって地方債に携わってきた永井氏は、三重県が抱える災害への危機感を次のように語ります。
「三重県は、台風が紀伊半島を縦断する進路になりやすく、古くから『台風銀座』と称されるほど、幾度も厳しい自然災害に直面してきた歴史があります。直近でも2025年9月に四日市市で統計開始以来の極値を更新する1時間123.5ミリの大雨に見舞われるなど、水害の脅威とは常に隣り合わせです。県民の命と財産を守る防災・減災対策は、私たちにとって最優先で取り組むべきことだと考えています。」
こうした危機感のもと、三重県では流域治水の取り組みが進められており、その中でも具体的な対策の一つが、四日市市の三滝新川における大規模な河川改修です。増水した三滝川の水の一部を海蔵川へ流す「三滝新川」の整備を行い、流域内の氾濫リスクの低減を図っています。
三重県県土整備部の担当者によると、現時点でのシミュレーションにおいて、三滝新川の完成後には、気候変動による影響を考慮した「50年に1回」規模の大雨にも対応できる減災効果が期待でき、約1,700戸の浸水被害を解消することができるといいます。
三重県と描く、新しいレジリエンスの形
今回の東京海上日動との「みえグリーンボンド(水害レジリエンス枠)」による協業は、決して一過性の取り組みではありません。東京海上日動は2021年に三重県とSDGs連携協定を結んでおり、数年にわたって共に歩んできた信頼関係がベースにあります。
永井氏はこのプロジェクトの価値を次のように位置づけています。
「今回の取り組みは、通常のグリーンボンド10年債を下回る金利(1.734%)での資金調達が実現できたという単なる資金調達以上の大きな意義があると感じています。東京海上日動の担当者さんには実際に工事現場にお越しいただくなど、三重県の防災取り組みの意義を深く理解していただきました。我々の取り組みに共感してくれている東京海上日動と協業できたことを、大変嬉しく思っています。」
資金の出し手と受け手という枠を超え、地域の「安心・安全」に向けて共に歩んでいく。レジリエンス債は、企業と自治体の新しいパートナーシップを体現した仕組みなのかもしれません。
「ボーダーレス」な連携で挑む災害に強い社会づくり
今回の取り組みは、単なる投資活動にとどまらず、東京海上日動が長年にわたって蓄積したデータを活かし、自治体と一体となって社会課題に取り組む新しい挑戦です。
インタビューの終盤、これからの展望について問われた西山はこう語りました。
「当社の重点課題であるレジリエンス領域において、保険だけでなく投資の分野でも取り組みを進め、地域全体でレジリエントな社会を目指す機運を会社一体で醸成していきたいと考えています。社会的に見ても、レジリエンス債という形で自治体とともに課題解決に取り組む姿は、新しい価値提供の形になるはずです。」
吉本もまた、この動きを業界全体に広げていきたいと意気込みを語ります。
「今回、地方債というマーケットにスポットライトが当たったことは大きな意義があると思います。当社だけでなく、他の投資家の方々にもこの仕組みに関心を持ってもらい、資金が地方の防災対策に回るような流れを作りたいです。その第一歩として、まずは我々が実績を積み重ねていきたいと考えています。」
東京海上日動は今回の事例をモデルケースとして、今後も他の自治体の水害対策事業を資金使途とした債券への投資を拡大させていく方針です。
保険と投資が「ボーダーレス」に融合したこの新しいビジネスモデルを通じて、災害大国日本のレジリエンスを底上げする大きな流れをつくることを目指しています。
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※掲載内容は2026年2月取材時のものです。