壊れた原因は“見えない衝撃”かも? ~科学的データで防止する物流損害

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2026年6月10日

「厳重に梱包して出荷したのに、届いた製品の一部が壊れていた。梱包には傷も凹みもないのに。」
——このような経験をお持ちではないでしょうか。
輸送中に発生する衝撃や振動を事前に予測し、損害の発生を未然に防ぐ「物流ロスプリベンション」が、注目されています。
今回は、最近の物流のダメージの特徴や輸送時のデータを分析することでどのような対策が可能になるのか、そして細胞の輸送という高度な実際の活用事例をご紹介します。

輸送時に加わる衝撃を想定した落下試験(イメージ)

貨物輸送の多様化で、輸送中の破損事故も複雑・高度に

損害保険会社には、さまざまな業界の顧客企業で実際に発生した事故データの蓄積があります。
近年、物流品質向上に取り組まれる顧客企業に対して、こうしたデータを基に、より多角的な見地から課題解決のサポートを提供しています。
輸送中の破損事故では、従来は主に次のような事例が見られました。

    従来の破損事故例
  • 転倒・落下
  • 固縛不良による荷崩れ
  • フォークリフト荷役作業時の引っかけ・突き刺し・落下
  • 振動・衝撃による内部破損
  • 雨水・結露による水濡れ

このような事故事例に加えて、近年では輸送中の破損事故にも顕著な変化が現れています。その背景にあるのが、貨物輸送を取り巻く環境の変化です。

(1) 貨物の多様化、高付加価値化
EC市場(電子商取引市場)の拡大や産業の高度化に伴い、高額な「海外向け国産高級食材」や「医薬品」「精密電子部品」など繊細な取り扱いを要する貨物の輸送が増加しています。その結果、従来は問題視されなかった軽微な振動や衝撃でも破損につながる事例が発生しています。また、高い品質管理が求められることから、衝撃が加わったため外観の損傷がなくても商品としては販売できない製品が増え、事故1件あたりの損害額も高額化する傾向にあります。

(2) 輸送形態の複雑化
モーダルミックスの進展や国際輸送の増加、在庫保管することなくそのまま仕分けを行い出荷するクロスドックへの転換などに伴って、積み替えや保管を含む輸送工程が増えています。工程数が増えるほど「誰が」「どの段階で」「どのような前提で」貨物を扱っているかが見えにくくなり、事故発生のリスクが高まります。

(3) 地政学的リスクの影響
紛争など国際情勢の変化により、それまで利用してきた輸送ルートが使用できなくなるケースがあります。紛争地域を大きく迂回するルートや、海上輸送の一部を陸上・鉄道輸送に切り替えることで、輸送環境が大きく変化し、荷姿や梱包形態の再検討が必要となる場合があります。

(4) 自然災害や異常気象の激甚化
地球規模で進む気候変動により、雨や風、温度変化も不安定化し、気象災害の激甚化で、被害規模が拡大する傾向にあります。

(5) 人材不足の影響
物流に従事する人が減少し、より少ない人数で輸送を行わねばならなくなります。また経験の浅い作業者や外国人労働者に引き継がれる過程で、技術やノウハウといった「暗黙知」が十分に継承されないことも懸念されます。こうした人手不足に起因するオペレーション上のリスクも、事故要因として無視できません。

輸送中の環境変化がわかれば対策を適正化できる

このような物流環境における事故防止のポイントを、長年にわたりコンサルティング業務に携わってきた東京海上日動調査サービスの江松は、「輸送中の破損は、外部からの衝撃や環境変化で生じます。防止策として第一に挙げられるのは、出荷時の梱包を厳重にして、衝撃や環境変化の影響が内部の貨物に及ばないようにすることです。」と話します。

江松

『輸送中には、何が起こるかわからない』——だから『梱包は万全に』。そのような判断の下で、多くの貨物が出荷されているのではないでしょうか。
一方で、過度な梱包によるデメリットもあります。梱包資材は輸送を補助するための『コスト』であり、それ自体は利益を生みません。また荷解き後には廃棄処分されることが多く、過度な梱包はSDGsの観点からも好ましいとは言えません。
現状は『何が起こるかわからない』から過度の梱包が発生しているのだと言えます。そこで『何が起こるのかが事前にわかれば』、必要十分な梱包へのダウンサイジングが可能です。
また物流事業者側にとっても、輸送ルートや車両の選択といった対策を講じられるというメリットが生じます。
そこで、実際の輸送時(経路、輸送手段、日時など)に、どのような輸送環境の変化が生じているのか、データを取って変化を把握することが重要になるのです。
輸送する品目により、要求される輸送品質は異なります。一例として精密機器では衝撃への対策が重要ですが、ガラスパネルのように振動だけで破損するものもあります。食品や化学品ならば温度管理が重要です。品目によっては一定の気圧や照度管理が要求される場合もあります。
それらの輸送環境が、いつ・どこで・どのように変化しているのか?——専用の記録計により輸送時のデータを取得し、データが示す環境変化を解析することで、要求される輸送品質に合わせた事故防止対策を講じることが可能になります。

東京海上日動調査サービス株式会社
ソリューション事業部
ロスプリ&テクノロジー戦略チーム(LTS)
特別参事 江松 久貴
人間中心設計専門家(人間中心設計推進機構認定
人間工学準専門家(日本人間工学会認定No.JO109

計測機器メーカーと損害保険会社が協業

輸送環境の把握には、正確に計測できる装置が鍵になります。そこで東京海上日動は、計測機器メーカーである神栄テクノロジー株式会社との協業で、輸送時のデータを基にした物流事故防止サービスの高度化に取り組んでいます。
同社は、約80年間にわたって多彩な輸送環境計測機器や、製品設計や輸送の信頼性向上支援を目的とした衝撃試験機や落下試験機などを開発してきた製造メーカーで、振動・衝撃に関する計測ノウハウや得られたデータの解析方法についても高度な知見を有しています。

記録と分析装置の性能向上

記録装置はどのように進化したのでしょうか。振動記録計を例にとると、当初の振動記録計は「前後」あるいは「左右」など1軸の加速度を記録するものでした。しかし、実際の輸送では「前後」「左右」「上下」の動きが同時に発生するため、3軸の加速度センサを備えた振動記録計へと進化し、より詳細に輸送中の振動を把握できるようになりました。
また振動記録計で取得できるデータは振動の「波形」です。事故対策では落下や衝突など輸送全体の中で発生する大きな衝撃のみに注目しがちですが、繰り返し発生する振動によって破損する製品もあるため、事故防止対策の観点からは振動の「波形」を記録することで解析できる振動の「周波数」(一定の時間内にどれだけ揺れたか)を把握することも重要です。計測データ処理用のソフトウェアを拡充したことで、今はPC上で周波数解析を行い、揺れの特性をより詳細に把握できるようになりました。さらに、加速度センサだけでなく温湿度センサも内蔵し、複数の輸送環境データを効率的に取得できる機器も実用化されています。
東京海上日動も輸送データ計測に活用している
神栄テクノロジーの輸送環境記録計「DER-PRO」
振動の2要素
波形:振動全体の揺れ方のこと
周波数:一定の時間内に揺れた回数を示す

計測したデータを改善の起点に

記録計を使用して取得したデータは、事故防止や輸送品質改善に有益なヒントが内包されている「宝の山」。神栄テクノロジーで輸送データ計測や解析に詳しい川口氏は、「取得したデータを正しく活用することで、さまざまな施策が考えられるでしょう。」と話します。

川口氏

「輸送の高度化、高付加価値化に伴い、近年では厳格な輸送品質が求められる貨物が増えており、たとえば医薬品輸送のように輸送品質を証明するための管理基準が定められている品目もあります。
物流事業者であれば、輸送時のデータを計測し現場作業者の荷扱い品質を数値化することで、自社輸送の品質管理や改善に役立てているケースもあります。さらに輸送データは、輸送品質を高めるだけでなく、輸送の安全性を客観的に証明することで、顧客に安心感を提供し、高い付加価値を提供できる有用な情報となります。
また、荷主側でも輸送データは活用されています。従来から家電製品や精密機器、自動車、電気機器メーカーでは、包装改善や輸送トラブルの解決など輸送品質向上のため、輸送データの計測と蓄積に取り組まれています。近年、この流れは食品・青果物業界にも普及しています。たとえば国産高級イチゴの海外輸出における輸送品質の改善があります。これまでイチゴの海外輸出では、輸送中の振動が原因で、果実どうしや果実とフィルムや容器との接触による、輸送中のイチゴの傷みが問題視されていました。これを解決するために、輸送振動を計測したデータを集めた分析が行われました。そして分析結果に基づいて、果実の動きや接触を抑制する包装容器の開発に成功し、輸送によるイチゴのダメージが減少したという事例が報告されています。
このように、輸送データは様々な業界で活用されており、このような取り組みは今後も拡大していくことが期待されます。

神栄テクノロジー株式会社
企画戦略本部 事業開発部
部長 川口 和晃 工学博士
神戸大学大学院海事科学研究科付属国際海事研究センター
リサーチフェロー

“生きた細胞を輸送する”——データで安全性を実証

特に高度な輸送品質が求められる領域において、こうした輸送データの計測と解析を基に適正な輸送環境を実現する事業者が現れ始めています。その一社が、株式会社日新です。

同社では、真空断熱保冷ボックスを用いて、医薬品の国内輸送、海外輸送を展開しています。医薬品輸送を担当する日新の前川氏は「厚生労働省の『医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン』が基準として存在し、特に輸送中の厳正な温度管理が必須とされます。また輸送品目の中には『一品もの』と呼ばれる医薬品や、研究途上で輸送されるサンプルなども含まれており、衝撃回避も求められます。とりわけ海外への輸送では現地での取扱状況が見えにくいこともあり、衝撃や温湿度変化に対するお客様の関心は高まっています。」と話します。

最近新たに登場したのが、再生医療分野の目覚ましい発展を受け、細胞治療や遺伝子治療に関わる「細胞」の輸送ニーズです。
“生きている”細胞を、いかに安全に、かつスピーディーに、必要とされる場所へお届けできるか?——安全性と効果を実証すべく、2025年7月には新幹線を利用した「ヒト骨髄由来間葉系間質細胞」のテスト輸送が行われました。
株式会社日新 医薬品営業部 前川 泰士 氏

このテスト輸送で計測されたデータを分析した結果、輸送された細胞に破損などの異状は認められず、設定された条件下においては安全に輸送できることが確認されました(運ばれる細胞の種類や輸送条件によっては異なる結果も想定されるため、今後のさらなる検証が行われます)。

前川氏・四十坊氏

「従来の輸送の中で、輸送中に加わる『最大衝撃値』を把握する必要性は認識していました。新幹線輸送では、大きな衝撃はありません。しかし一方で、列車走行に伴う僅かな『揺れ』は継続的に発生しています。乗客としてはほぼ気にならないレベルですが、輸送物に対してどのような影響を及ぼすかというところまでは意識していませんでした。

「今後の日本では人口減が進み、高度な医療の提供体制に地域差が生じるでしょう。高速性や定時性に優れた新幹線の輸送力と、データに裏付けされた高度な輸送品質を掛け合わせることで、地方でも中央と変わらない高度な医療サービスを提供していただけるようになります。」

株式会社日新 医薬品営業部 課長 四十坊 都是 氏

科学的観点から保険会社ならではの事故防止策を提案

長年にわたり東京海上日動のお客様にロスプリベンションのコンサルティング業務に携わってきた江松は次のように語ります。
「輸送データを正しく計測し、その傾向を把握することで、事故防止に役立てられる——その価値を、より多くの方々に広く伝えていきたい。そして、科学的な知見と最新のテクノロジーを駆使して、世の中にあるロスや無駄を少しでも減らし、良い循環を生み出したい。」
「ロスプリベンション伝道士」、江松の活動はこれからも続いていきます。

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