実務における生成AIの現状
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過去20年を振り返っても、生成AIほど大きな期待と混乱を同時にもたらした技術は、他に例を見ません。2023年後半、ChatGPTの商用リリースをきっかけに、保険業界を含めてあらゆる業界で、生成AIを用いた実験的な取り組みが一斉に始まりました。2024年には保険会社で試験的な運用が始まっており、世界中で様々なチャットボットが大量に登場しました。しかしほとんどの会社では、すぐに使われなくなってしまいました。2025年には、多くの企業が限定的ながら活用事例を公開する段階に入りました。そして2026年に入ると再び期待が高まりました。今回それを後押ししているのは、半自律型エージェントの登場に加え、大規模なコスト削減や生産性の飛躍的な向上の見通しです。
前途は有望なのですが、実際の現場での動きはかなり慎重です。
生成AIが持つ力の大きさは本物であることが証明されつつあります。一方で、万能の魔法の杖ではないことも分かってきました。今や広く導入が進んでいますが、AIを基礎にして持続的な競争優位性を構築できている例はまだ少なく、真に事業規模の収益に結びつくAIベースのソリューションも、依然として多くはありません。今日、投資判断を行う経営者にとって、「現場の実態」と「願望」を切り分けて考えることが、かつてないほど重要になっています。
AIは製品ではない…少なくとも従来の意味では
AIの課題と機会を理解する上で非常に重要となるのは、生成AIを活用したソリューションを「製品」として捉えてしまう過ちに陥らないことです。多くの時間と意気込みが無駄になってしまうのが、まさにこの点なのです。多くの人がAIをアプリのような、「何か便利なもの」であるかのように語ります。特に企業向け技術やデジタルソリューションの実用化に直接携わっていない人ほど、まるでお気に入りのSNSアプリや電卓アプリのように、AIを完成品として用意されている「いつものアレ」として捉えがちです。しかし、こうしたモノは有限の特徴や機能の集合体で、その開発には明確な始まり、途中、そして完成の工程が存在します。生成AIの説明としてはるかに適切なのは、ビジネスや技術における無数の課題に対してほぼ無限に多様な方法で応用できる「能力」と「手法」(ツールと言ってもよいでしょう)を組み合わせたものであり、そのため、そのリスクとリターンの程度も一様ではないということです。言い換えれば、AIは目的ではなく手段なのです。
この混乱に拍車をかけているのが市場に次々と登場し続ける「AI製品」、つまり一般の利用者でもAIを使えるようにパッケージ化された製品やアプリ、ツールです。確かにこれらは製品ですが、AIを使いやすくするためのものであって、AIそのものではありません。
この区別が重要となるのは、AI活用分野での投資や期待効果を評価するときです。現在AI導入のライフサイクルにおいて注意を要する段階にあり、アシスタント(補助ツール)や定型的なチャットボット(対話型ツール)程度しか利用できるものがありません。AIのリファレンスポイントが限定的であるために、非常に多くの誤解があります。例えば、CEOがCIO(最高情報責任者)やCDO(最高デジタル責任者)、あるいはCAIO(最高AI責任者)に「AI導入のロードマップ」を求めるとき、CIOやCDOは、AI起点の成果を生み出せるようにするためのプラットフォームやソリューションを整備し、実用化していくことを考えます。しかし、CEOが思い描いているのはアプリケーションであったりします。
技術担当者は日常的にこのような状況に直面しています。私たちが利用している多くのソリューション、例えばデータベースプラットフォームなどの場合も同様で、各種機能がパッケージ化され、それがさらにビジネスで利用する製品やソリューションに組み込まれているのです。こうしたAIソリューションは、新たに登場する極めて有望なエージェント型プラットフォームも含め、全て同様です。この区別を明確にすることで、多くの混乱を避けることができるでしょう。
企画から実用化までの現実を直視する
AIは、企業規模での本格的な導入が進んでいないように思われますが、その理由はAIを能力として理解すると筋の通った説明ができます。機能を備え、使いこなせるように学習し、製品やソリューションを生み出すまでには時間がかかります。いわゆる「AIアナリスト」が“会社の命運は来週の火曜日までにAIエージェントを活用できるようになるかにかかっている”など声高に叫んだとしても、事態は変わりません。
生成AIへの過熱した期待を現す最も分かりやすいものは、試験導入とスケール展開の間の、なかなか埋まらないギャップです。しばしば引用されるMIT NANDAの調査(2025年半ばに公表)*1によれば、カスタムAIの試験導入のうち約95%は、完全に失敗したか、期待した投資収益率(ROI)を達成できずに終わりました。この結果は物議を醸した一方で、共感をもって受け止められましたが、それは企業の現場の実体験と一致していたからです。つまり、試験導入は容易だが本格稼働は難しいということです。
直近のグローバルな調査もこの傾向を否定するのではなく、むしろ裏付ける結果となっています。2025年後半時点で、AIを使用している事業部門が少なくとも1つあると答えた企業はほぼ9割に上りますが*2、そうした機能の規模を全社的に拡大できているのはごく一部です。推論から計画、実行までを行うように設計されたエージェント型AIについても同様で、今後が非常に有望であり、AIを複雑な取引に組み込む際の多くの課題を解決してくれるものですが、それでさえ、大規模運用していると回答した企業は約4分の1に過ぎず、実験段階に留まっている企業がほぼ4割に上ります*2。
導入実績の数字だけを見ていると実態を見誤ることを明確に示すデータは、更に増えています。真のボトルネックはモデルや新しいツールへのアクセスではなく、運用体制の整備にあります。具体的には、ガバナンス、データの準備、セキュリティ、既存システムとの統合、変更管理です。このすべてにおいて、こうした能力同士の複雑な相互作用を理解することが求められます。
効果的な実態調査の他の方法は、AIの投資案件が経営陣の承認を受けているかだけでなく、社員自身がどれだけの頻繁でAIを利用しているかを調べることです。
2025年後半に米国で実施された大規模な従業員意識調査によれば、仕事でAIツールを毎日利用している人の割合は約10%に留まり、週に数回でも利用している人の割合も僅か23%でした*3。時々利用しているという回答者が半数近くを占め、日常的にAIを利用しているという答えは依然として限られています。
経営陣の熱意、そして目を見開いて声高に叫ぶアナリストたちと、現場での日々の利用状況との間にあるこのギャップは、重要な真実を浮き彫りにしています。それは、生成AIが生産性に与える影響は依然として業務内容に強く依存しており、しかも稀であるということです。文書作成や調査、分析業務が中心の知識労働者は、直接的な恩恵を受けている一方で、多くの現場部門では、その恩恵がはるかに少なくなっています。
真価が発揮される場所
こうした制約にもかかわらず、生成AIは実のところ既に特定の領域で再現性のある形で目に見える価値を生み出しています。業界を問わず、実用面で特に成功を収めている分野は次のとおりです。
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大量の文書の要約・統合文書の自動取り込みと分類化顧客向け案内、報告書、社内文書の草案作成業務フローの調整や振り分け
こうした活用例は地味ではありますが、横展開がしやすく、規制に触れることなく、処理時間の短縮や間違いの削減、余力の創出を実現できるのです。
保険業界におけるAI:その進展と規制
保険業界、特に損害保険と生命保険では、生成AIを現場で活用することの有望性と限界の両方が現れています。
2025年以降の保険業界に焦点を当てた各種調査、例えばボストン コンサルティング グループ(BCG)によるもの*4は、同じ結論を出しています。すなわち、関心は高く、実験的な取り組みも広がっているが、全社規模での実用化に至っている事例は、まだ限定的です。2025年に公表された保険会社に関する世界的調査によれば、AIシステムの本格的な導入に成功した保険会社はわずか約7%で、試験運用や限定的導入の段階に留まっている会社が約3分の2に上っています。
保険会社が、価値が出ていると評価する分野を見ると、その示唆は明確です。最もよく見られる実用化事例には以下のものがあります。
こうした事例は、先に挙げた業界を問わず見られる一般的な活用例とも一致しています。ここで注目すべきは、完全自動のアンダーライティング業務システムや保険金支払審査システムこそ業界を救う道だと多くのアナリストや批評家が主張しているにもかかわらず、こうしたシステムが含まれていないことです。人間が関与する設計の利用が続いているのは、規制当局による監視や説明責任の要件、データの来歴に関する懸念があるためです。また、既存のアーキテクチャ(レガシーとは言いませんが)も、AIの組み込みを困難にしています。
2025年後半にアクセンチュアが発表したアンダーライティングに関する調査からは、今後も導入が拡大するものの、段階的であることがうかがわれます。生命保険、企業保険、個人保険のアンダーライティング業務責任者数百人を対象とした調査では、AIを活用したアンダーライティング業務の普及率が現在の10%台前半から、今後3年間で約67%まで拡大すると見込まれています*5。これは過剰な推定かもしれませんが、方向性としては間違いなく正しいと言えます。しかし、ほとんどの回答者が挙げたのは自動化ではなく、あくまで「補強」です。つまり、リスク評価の迅速化、情報集約の高度化、判断の一貫性の向上はできても、最終的な決定は引き続き人間が行うということです。
このことは、上記研究のエージェント型AIに関する一般的な結果とも一致します。2026年初めに経営幹部を対象に行った複数の調査によれば、エージェント型AIの取り組みのうち約半数がいまだ試験運用の段階にあり、その主な阻害要因としては、セキュリティやコンプライアンス、運用リスクが挙げられていました。現時点ではエージェント型AI自体が誕生してから1年にも満たないことを考えれば、これもやむを得ないでしょう。しかし、進化は急速に起こり得るものであり、実際そうなっています。すでに導入されているAIシステムであっても、AIが行った判断の大部分は依然として人間が確認または承認をしています。人の介在なしに最初から最後まで自動で処理が完結する、真の「ストレート・スルー(完全自動)」なシステムはほとんどありません。
エージェント型AI:強力で有望だが制約も
エージェント型AIは、既に企業向けAIの次の段階として注目を集めていますが、ベンダーのマーケティングが示唆するようなスケジュールで進んでいるわけではありません。保険業界に対象を絞って行われた調査によれば、2026年末までにエージェント型AIソリューションの実用化を見込んでいる保険会社は僅か5分の1程度でした*6。ここでは、まず手を付けなければならない取り組みについての現実的な認識を示しています。それはデータ品質やモデルガバナンス、管理体制、組織的信頼なのです。
短期的に見れば、最も効果が出るエージェント型AIは、自律型ではなく、ガイド付きの自動化や対象を絞った補強のようなものになるでしょう。つまりそれは、次の行動を提案し、リスクを提示し、ワークフローを調整する一方で、人間が引き続き責任を負うようなAIシステムです。
2026年以降の見通し
生成AIはもはや実験段階の技術ではありません。すでに多くの企業の業務フローに組み込まれ、現実に価値を生み出しています。しかし同時にその変化から明らかなことは、AIによる企業変革が爆発的に起こるのではなく、実際には漸進的に進むということです。
保険会社や他の規制産業において、今後数年にわたり勝者となるのは、華々しい自律化を追求する企業ではなく、適切なガバナンスの元、人を中心としてAI能力を着実に積み重ねていく企業でしょう。
生成AIを巡る熱狂が落ち着きつつある今、本当の意味での価値創出が、ようやく始まろうとしています。
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※この記事の情報は、2026年1月29日執筆時点のものです。
本稿は以下の資料を参照しています。
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*1MIT NANDA - The State of AI in Business 2025 (2025)
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*2McKinsey & Company - The State of AI in 2025 and Agentic AI Adoption Survey (Nov. 2025)
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*3Gallup - AI Use At Work Rises (Q4 2025)
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*4Boston Consulting Group (BCG) - Insurance Leads in AI Adoption. Now It’s Time to Scale. (2025)
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*5
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*6
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※Dynatrace - The Pulse of Agentic AI in 2026 (January 2026)