「守り無くして攻めは成り立たない」創業100周年の食品メーカーが考える「事前の備え」の重要性~災害に強い社会をつくる
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1925年に創業した株式会社かね貞は、愛知県みよし市に本社を構え、ちくわや蒲鉾などの魚肉練り製品の製造・販売を手がけています。同社は2017年と2023年の2度にわたり、本社工場と関東工場の2拠点で大規模な火災事故を経験しました。
「3度目の事故を起こせば、会社の信頼は完全に失われてしまう」という危機感のもと、「防災」を経営の最重要課題と位置づけた体制づくりを強化。その一環として、東京海上グループでリスクコンサルティングサービスを提供する東京海上ディーアール株式会社*1と連携し、将来の事故を防ぐための取り組みを行っています。
本インタビューでは、株式会社かね貞 専務取締役 鷲尾氏、取締役 生産本部長 村瀬氏に、2度の火災事故のご経験や東京海上ディーアールとの取り組み、そして現在の防災体制などについて話を伺いました。
創業100周年を迎える、魚肉練り物製品のメーカー
── まず、貴社の概要について教えてください。
当社は1925年に創業し、ちくわ・蒲鉾などの練り物やおでん種といった魚肉練り製品の製造・販売を行っている食品メーカーです。
全国に直営店を展開しており、製造と小売の両面を持つ事業形態をとっているのが当社の特徴です。
現在は愛知県みよし市の本社工場と千葉県八街市の関東工場の2つの生産拠点があり、従業員数は正社員が約280名、パートや技能実習生、特定技能の方を含めると約1,600名が在籍しています。
フライヤーからの出火が原因で起きた2件の火災事故
── それでは、2度の火災事故について詳しく教えてください。まずは本社工場で起きた1回目の火災事故の状況からお聞かせください。
1回目の火災事故が起こったのは2017年2月下旬の深夜でした。製造工程で使用していたガスフライヤーから出火し、ダクトに火が回ったことで工場全体に燃え広がりました。
すぐに現場に駆けつけると、16台もの消防車が到着していましたが、二次災害のリスクがあり、すぐには消火活動を開始できない状況でした。ようやく立ち入りが許されたお昼頃には、工場の内部は焼け野原のような状態になっていました。
── 続いて、関東工場における2回目の火災事故についても教えてください。
2回目の火災事故が起こったのは2023年3月上旬です。
1回目の火災事故を受けて、当社の工場ではガスフライヤーから電気フライヤーに設備を切り替えていました。しかし、フライヤーの油送パドルに残っていた「油かす」から発火し、ダクト内で火災が広がってしまいました。
従業員から連絡がきた時は「まさか嘘だろ…。どうして電気フライヤーで火が発生するんだ…」という信じられない気持ちでした。
── 事故の直後は、どのような対応をされたのでしょうか。
まずは、工場の被害状況を正確に把握する必要がありました。ただ、当社としても初めての経験でしたので、すぐに東京海上日動と保険代理店に連絡を取りました。
その後、災害復旧の専門会社であるベルフォア社*2を紹介していただき、初期診断をお願いしました。火災後の設備の状態を専門的に診断していただいたことで、どの設備が使用可能かを迅速に判断でき、復旧のスピードが大きく向上しました。
火災事故の経験から学んだことは「予防」の重要性
── 火災事故を経験して、どのような気づきがありましたか?
一番の気づきは、「予防が唯一の最善策」であるということです。事故が発生してからでは手遅れであり、事故が起きないような対策を徹底することの重要性を痛感しました。
当社のような食品メーカーにとって、火災や衛生事故は長期の生産停止につながり、致命的なダメージになりかねません。お客様との信頼関係が一度崩れれば、他のメーカーに切り替えられ、二度と戻ってこない可能性もあります。予防には多くのコストがかかりますが、自分たちの努力次第で限りなく100%に近づけることはできると考え、さまざまな防災対策を行っています。
── これまでの防災対策には、どのような問題があったのでしょうか。
正直に申し上げれば、設備面で法令基準を満たし、法定点検をクリアしていれば大きな事故は発生しないだろうという認識の甘さがありました。防災訓練も法的に必要だから実施していた側面があり、会社全体として防災対策が形骸化していたのかもしれません。
防災監査基準の策定で、リスクを徹底的に洗い出した
── 東京海上ディーアールによる防災監査基準*3の策定を決断された背景を教えてください。
1回目の事故後にも再発の防止に向けた対策を自社で行っていたのですが、2回目の事故を受けて、自社だけでやるには限界があることを痛感しました。
そこで、リスクコンサルティングのプロフェッショナルである東京海上ディーアールに、当社の防災監査基準の策定を依頼することを決めたのです。
── 東京海上ディーアールとの取り組みを通じてのご所感を教えてください。
率直に申し上げれば、「ここまでやるのか」という驚きがありました。東京海上ディーアールは自分たちだけでは気付けなかったリスクを徹底的に洗い出すだけでなく、他社の事例や具体的な数値を示してくれたため、大きな納得感がありましたね。自分たちだけで対策を考えていた際には「ここを完全に対策するのは無理かもしれない」と思っていたような部分でも、他社の事例を交えた具体的な解決策を示してもらったため、現在の防災対策に活かしています。
── 今回の防災監査基準の策定を通じて、貴社で実施することになった具体的な防災対策について教えてください。
設備面では、ダクトを個別に分離し、万が一火災が発生しても延焼を最小限に抑える構造に変更しました。さらに延焼防止シートも巻いて、火の広がりを遅らせる対策を講じています。また、ダクトの清掃は従来2年に1回の実施でしたが、現在は年に2回ほど業者を入れて徹底的に清掃を行っています。
設備の刷新や運用面の見直しだけでなく、従業員の防災教育にも力を入れています。従業員間でヒヤリハットの共有を行う場を設けたり、これまでの火災事故の写真を工場内に掲示したりするなど、すべての従業員が常に高い防災意識を持つように指導しています。
── これらの取り組みを実施し、従業員の意識や行動に変化はありましたか?
防災監査基準の策定や防災教育の強化を実施し、従業員の防災に対する意識は着実に高まっていると感じています。1日1ラインずつフライヤーを必ず清掃するルールを徹底するなど、一つひとつの作業に責任を持って取り組む姿勢が見られるようになりました。
── その他に、従業員の皆さんの防災意識を高めるために実施した取り組みなどはありますか?
従業員からの要望を受け、東京海上ディーアールに「防災セミナー」の実施を依頼しました。製造現場に潜むリスクについて、改めて詳細なレクチャーを受けました。
セミナーの参加者からは「あまり意識できていなかった危険箇所を認識できた」「日々のチェックをさらに強化しようと思う」といった声が聞かれました。
積極的な防災投資に込めた覚悟、そして今後の展望
── 2度の事故の経験を踏まえ、防災に対する投資の価値についてどのようにお考えですか?
防災に対する投資は、短期的には費用がかかりますが、長期的な事業継続のために絶対に必要な投資だと考えています。当社は「三度目の事故は絶対に起こしてはならない」という強い危機感を持っており、コストを惜しまずに防災対策への投資を続けています。
私個人の考えではありますが、「守り無くして攻めは成り立たない」と考えています。安全という基盤を整えることで、初めて生産性を上げることができるのだと確信しています。事故が会社経営に与えるダメージを考慮し、守りの投資は積極的に行うべきだと考えています。
── 今後の防災体制に対する展望について教えてください。
まずは事故を起こさないことが最重要事項ですので、引き続き「事故ゼロ」を継続していくための防災体制を強化していきたいと考えています。
ただし、どれだけ対策を徹底しても100%にはできないので、事故が発生した時に備え、被害を最小化させるための初期対応の準備も同時並行で進めていく予定です。そして、社員一人ひとりが「やらされている」状態ではなく、安全を「自分ごと」として捉えて自発的に行動できる文化を醸成していきたいと考えています。
かね貞様の強い決意を受けて実現した「防災監査基準の策定」
後日、東京海上ディーアールの企業財産本部 畠山に、かね貞様に対するご支援の背景や企業防災のあり方について追加インタビューを実施しました。
── かね貞様に「防災監査基準の策定」を提案した背景や想いについて教えてください。
2回目の火災事故を受けて、かね貞様から「これ以上は絶対に事故を起こしてはならない」という強い決意を伺い、「防災監査基準の策定」を提案しました。
当時のかね貞様に最も必要だったのは、火災事故の原因となりうるリスク要素を一つひとつ確実に潰していくための仕組みだと判断しました。
── 「防災監査基準の策定」で意識するべきポイントは何でしょうか?
「防災監査基準の策定」において、企業が特に意識するべきポイントは3つあります。
1つ目は、抜けもれなく項目を策定することです。火災には多岐にわたる原因があり、一部だけ対策しても別の箇所から火災が発生してしまいます。重要度と優先順位を考慮しながら、網羅的な項目を設定することが重要です。
実際にかね貞様では事故原因に対する対策を策定されていましたが、弊社の様々な現場調査の経験から、他に発生しうる火災事故とその真因を紹介し、対策をご提案いたしました。
2つ目は、基準と現実の乖離をできるだけ減らすことです。どれだけ質の高い基準を作っても、現場で実行できなければ意味がありません。実際に取り組むことのできる対策を、現場の方々と一緒にすり合わせながらルールを作ることが大切です。
3つ目は、基準を作って終わりではなく、定期的に確認とフォローアップを行うことです。当たり前に思われるかもしれませんが、実はこれが最も重要であり、最も難しい部分でもあります。
かね貞様は、基準を策定した翌年に弊社とともに対策状況の確認を行い、防災の課題に自ら気づき改善する力を向上させることを目的とした「防災セミナー」を開催し、しっかりフォローアップされています。弊社では防災基準作成後の活動もご支援しています。
「事前の備え」こそが、企業の持続的な成長の基盤となる
── 企業防災のあり方について、最後にメッセージをお願いします。
企業の災害対策を検討する際は、「火災を発生させないために何ができるか」「火災が発生しても被害を最小限に食い止めるには何ができるか」「従業員の命を守るために何ができるか」という3つの観点で考えることをお勧めします。
特に、製造業では安全よりも品質や生産効率が優先されがちですが、ひとたび火災が発生すれば企業の存続そのものが危ぶまれます。健全な危機感を持ち、事故が発生しない対策を徹底することこそが、企業の持続的な成長を支える基盤になると確信しています。
「災害に強い社会をつくる」ために
最後に、東京海上ホールディングス 経営企画部 サステナビリティ室 服部に、東京海上日動における企業防災支援の今後の展望を聞きました。
自然災害やサイバーリスクなど、災害の種類は年々多様化し、被害も拡大しています。東京海上グループは、こうした社会課題に真正面から取り組んできた長い歴史があり、「災害に強い社会をつくる」ことは、私たちが実現したいパーパスそのものだと考えています。
保険会社の本質的な役割は、お客様が災害に遭われた際に保険金をお支払いすることです。しかし、私たちが目指しているのは、それだけではありません。
災害が起きる前の「事前の備え」として、お客様のリスクを可視化し、具体的な対策を提案する。そして、万が一災害が発生した際には、早期復旧のお手伝いだけではなく、より良い再建をサポートする「事後の支援」までを実施します。このような一気通貫のサービスを通じて、お客様が本来受けるはずだった被害を減らし、社会全体の損失を抑えることができると考えています。
私たちがサービスを提供するお客様が増えれば増えるほど、社会全体の災害レジリエンスが向上していくことを目指しています。今後も災害に負けない社会づくりに貢献するため、全社一丸となって取り組みを強化していきたいと考えています。
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*1東京海上ディーアールは、東京海上グループのリスクコンサルティング会社。1996年の設立以来、防災監査基準の策定支援、事業継続計画(BCP)策定支援など、リスクの分析から問題把握、解決策の提案まで、専門性の高いソリューションを展開している。
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*2ベルフォア社は、火災・水災等からの災害復旧支援を世界各地で行う災害復旧の専門会社。
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*3東京海上ディーアールが提供する防災監査基準の策定支援は、年間500件超の防火防災調査で得た知見をもとに、企業独自の防災評価基準を構築するサービス。東京海上グループ独自の観点から、既存基準を精査・整理し、網羅的で実効性の高い監査基準へと再構築するサポートをしている。